ハロウィンのダンスパーティの前日、星城学園はいつも以上の賑わいと華やかさを見せており、会場となるダンスホールはすでに明日に備えて準備は出来ていた。

 浮き足立つクラスメートの中で一人頬杖を付いて溜息をつく女子生徒が一人、あたし宮川改め桐堂茉莉である。
 あたしははっきり言ってこの空気について行けなかった。理由はもちろん御影君の事だ。

 あの日から毎日彼の行きそうなところに行っているのだが一度も御影君に会う事は出来なかった。それもそのはずで、彼は学校にも来ていないらしい。

 それがあたしのせいなんじゃないか、と思ってしまいどうしても気持ちは沈んでしまう。本当はダンスパーティなんて行きたくないのだが・・・。

 そして、伏せていた目を上げるとそこにはニコニコと可愛らしい笑顔をした薫子がいた。

 「いよいよ明日ですわね、茉莉さん!もうお相手はお決まりでしょう?」
 「実はまだなんだよね・・」

 とてもじゃないけどダンスの相手なんて探す気分ではない。薫子には悪いけれどここはやはり断るしかない。

 「あのね、悪いんだけど、あたし・・」
 「そんな時のために、私茉莉さんのお相手を探してきましたわ!」
 「・・・はぁ?」

 何の冗談かと思ったが、薫子の目は本気だった。本人は良かれと思ってやっているのだろうが、全て裏目に出ている事を果たしてこの子は分かっているのだろうか。

 「あのね・・」
 「私の婚約者のお友達の方なんです。とてもお優しそうな方ですわ」

 ・・・ん?何か今聞き捨てならない言葉が彼女の口から飛び出したような気がしたのですが。婚約者とか何とか。

 「言ってませんでした?私、婚約者がいるのですわ」

 何か問題でも?と首を傾げる彼女にあたしは開いた口が塞がらなかった。普通、高校生に婚約者なんてものはいない。

 だけど、あたしは忘れていた。この星城学園は普通ではない事を。

 「この学園では生徒同士が婚約者と言う事も多くありますわ。会社同士のより深い繋がりのために成される物ですけれど」
 「じゃぁ薫子も・・?」
 「もちろん私も始めは反対しましたわ。ですが、彼に一目会った瞬間恋に落ちたのです」

 頬を赤らめて夢見るように話す薫子は正に恋する乙女だった。本気でその人の事を好きなんだと言う事が凄く伝わってくる。

 羨ましかった。堂々と相手が好きだと言える事が。告白も出来ずに失恋したあたしには薫子がとても眩しく見えた。









 そして授業が終わり、あたしは気分が晴れないままトボトボと一人で廊下を歩いていた。結局、ダンスパーティは断れなかった。薫子が紹介してくれた男の子は凄く優しくていい人だとは思うけど、どうしても比べてしまう。

 髪はもう少し明るいな、とか笑顔のここが違う、とか声が少し低いな、とかその全てが御影君へと繋がっていた。

 御影君を思い出す時いつもあの写真の女の子も重なって脳裏に過ぎる。もしかしたらあの子は御影君の婚約者なのかもしれない。

 お金持ちは人より裕福な分、様々な鎖があると思う。結婚もその一つだ。お互い、自分で相手を選べる可能性はとても少ない。

 その時ふと、帝君もそう言う人がいるんだろうかと思った。でもそんな気配はないし、いつも女遊びばかりしている。

 「あんな帝君にいるはずないか〜」
 「桐堂様がどうなさったのです!?」

 独り言に返事が返ってきて飛び上がるぐらいに驚いて後ろを向いて、あたしはますますぎょっとした。
 そこに立っていたのはあたしが転入したその日に文句を言ってきた高飛車なお嬢様その人だった。

 げっと思い、辺りを見回したが今日はお供の方々はいないようだ。どうやらこの前のような事にはならないらしい。
 わずかにホッとしたが、それでもまだ油断は出来ない。

 「な、何か用?」
 「あなたに用があるわけではないのですけれど、少しお聞きしたい事があるのですわ!」

 悔しそうに言う彼女は本当ならあたしに話しかけたくもないんだろう。でもそうしなければいけない理由がある。

 「・・帝君の事?」

 あたしの予想は見事当たったようで、彼女は一瞬言葉に詰まったがすぐに小さく頷いた。

 「ここ2,3日お休みをしているらしいですわね。何でもお風邪を召されたとか」
 「ああ・・うん」

 帝君の風邪の原因があたしだと知ったら殺されそうだな、と内心思いつつ取りあえず肯定する。

 「明日のダンスパーティには出られそうなのでしょうか・・?」
 「さぁ・・どうかな」
 「そんなにお加減が悪いのですか・・!?」
 「だ、大丈夫よ?ただの風邪だから」
 「そうですの・・」

 安堵したように微笑む姿がさっき見た薫子に重なる。

 彼女も本気で帝君が好きなんだ。それは彼が桐堂財閥の御曹司だからとか一切関係なく、ただ純粋に彼を思っている。

 「・・・すごいな・・」



 ねえ帝君、あなたは言ったよね。あたしなんかを御影君が相手にするわけないって。その通りだよ。本当はずっと前から分かってた。

 好きになってもらおうだなんて図々しい事はもう言わない。話せなくてもいい。

 誰に向けるものでもいい。彼の笑顔が見たいの。

 もう見返りなんて求めない。だってあたしはその笑顔が好きになったんだもの。

 そんな気持ち、あなたには分からないでしょう。けれど、あなたを思ってくれる人がここにいるよ。

 その気持ちを分かれなんて事は言わないけど、気付いて欲しい。仮面を被ったあなたに。











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