昼休みを告げるチャイムが鳴り、あたしはホッと息をついた。
 これまで移動教室やら何やらで御影君を探す事が出来なかったが、やっと時間が出来た。

 鞄の中には写真が入れてある。これまであたしと御影君を悩ませていたものだが、やっとその苦しみからも解放される。

 昨日、学校に来るように言っておいたのできっといるだろう。この時間では音楽室か教室か。

 「茉莉さん、ご一緒にお食事致しません?」
 「あぁ、ごめん。ちょっと行くところがあるから」
 「まぁそうですの・・残念ですわ」
 「ごめんね。じゃぁ・・」

 薫子への謝罪もそこそこに席を立った時、教室中が黄色い声に包まれた。
 何事かと女子達の視線の先を見ると、そこにいたのは――

 「み、御影君!?」

 あたしが今から会いに行こうとしていた張本人がドアを開けて立っていたのだ。滅多に学校に来ない彼だからこそ女子達の興奮は凄まじかった。

 ただでさえあの容姿だ。騒がない者など皆無だろう。

 だが、今日の彼はいつものボケッとしたそれではなく、瞳には鋭い光が宿り怒りの感情が窺えた。

 「・・・御影君・・?」

 見た事もない彼の表情にうろたえていると、御影君と目が合った。その瞬間、彼は教室に入って来てあたしの前まで早足に歩いてきた。

 「・・・ちょっと来て」
 「え、うん」

 逆らえない何かが言葉の中には含まれていた。
 いつもよりも1オクターブほど低い声にあたしは少し怯えながらも鞄を持って彼に付いて行った。




 歩いている間も何も話さずあたしの歩調も考えてくれていない。やはり何かおかしい。


 困惑している間に音楽室に着いてしまった。そして着くなり御影君は冷たい口調で話し始めた。

 「・・・あんた、写真持ってるでしょ」
 「え、どうして・・」
 「・・・どうして昨日言わなかったの・・俺が苦しんでるの見て楽しかった・・?」
 「っ・・そんな事ない!」

 咄嗟に否定の言葉が出たが頭の中は混乱したままだった。一体何が起こっているのか分からなかった。

 「・・・大切なものだって言ったのに、どうして・・」

 どうしよう。御影君はあたしがわざと写真を渡さなかったと思っている。そうじゃないんだと伝えたくても、少なからずそう思ってしまった事もあったので、御影君に掛ける言葉がなかった。

 とにかく今は写真を返さなければいけないと思った。

 俯く御影君の前で鞄を開けて、写真を取り出すと彼は目を見開いてその写真を手に取った。

 「あの・・あたし・・」
 「・・・シェリス・・」

 少年は目の前にいるあたしなど目に入っていなかった。彼の目には写真の中で微笑んでいる少女だけだ。

 分かっていてもやはり辛かった。ちょっと話したからって調子に乗っていた。あたしはシェリスさんには遠く及ばない。

 「あの、ごめんね。すぐに返そうと思ってたんだけど・・」

 御影君が苦しんでいるのを楽しんでいたわけではない事だけは分かって欲しかった。あたしはそれを見て写真を返さないといけないと思ったのだから。

 しかし御影君はあたしの言葉を聞いていないのか、音楽室から出て行こうとした。

 「待って!あの・・あたしまたここに来てもいい?」

 もう期待なんてしないから。例え望みがなくても、それでも彼に会いたい気持ちは変わらないから。

 しかし御影君は、今までにないくらいはっきりとした口調であたしの思いを突き返した。

 「・・あんたが来るのは勝手だけど、俺はもう来ない・・」

 それはもう顔も見たくないと言う完全な拒絶だった。









 その後授業で何をしたかとか、薫子と何を話しただとか全てぼんやりとしか記憶にない。それほど御影君の言葉が衝撃だった。

 気が付いた時には屋敷に帰っていて、とぼとぼと広くて長い廊下を歩いているところだった。

 「おや、義姉さん。今お帰りですか」

 げんなりとして前を見ると悪魔が獲物を見付けて嬉々として歩いて来るところだった。
 何でこう会いたくない時に限って現われるのだろう、この男は。

 「聞きましたよ。御影先輩に教室から連れ去られたと」
 「どうしてそんな事・・」
 「人の噂は早いものですから」
 「・・・帝君には関係ないじゃない」

 妙に貼り付けたような笑顔が忌々しくて早く自分の部屋に行こうと少年の傍をすり抜けたが、
 「その様子じゃぁ振られたんですか?」

 彼のその言葉に足がピタリと止まった。
 帝君はそれに気を良くしたのか、ゆっくりとあたしに近付いて尚も言った。

 「まぁ最初から結果は見えていたようなものだったからな。奴がお前なんて相手にするわけないだろ」

 その瞬間、体中の血液が沸騰したのではと思うくらいカッとなった。

 そんな事、わざわざ言われなくても分かっている。何でこんな事帝君に言われなきゃいけないの。


 そして帝君に対する怒りが爆発した。きっと半分は八つ当たりでもあっただろう。

 気が付いた時、彼は頭から水をかぶり、あたしは大きな花瓶を手にしていた。











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