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こみ上げる涙を必死に耐えて、あたしは努めて自然な笑顔を作った。
「またこんな所でヴァイオリン弾いてるんだ」
「・・・ん・・あんたこそ、授業は・・・?」
「えっとあたしはちょっと落馬しちゃって、保健室に・・」
「・・・落馬・・大丈夫・・?」
「え」
もしかして心配してくれているのだろうか。無表情は相変わらずだが、やはり嬉しい。次第に顔が緩んでいくのが分かった。
「大丈夫!あたしは頑丈だから!」
「・・・そう・・」
御影君はそこで言葉を切って、再び伏せ目がちに顔を背けてしまった。やはり普段の彼とはどこか違う。
勇気を出して彼に近付いて、その顔を覗き込む。
「・・何かあったの?」
「・・・大切なもの・・・失くした・・」
それを聞いてあたしは怯んだ。やはり御影君は写真を失くしてしまった事で落ち込んでいるのだ。
「・・・とても・・大切なものなのに・・」
振り絞る声には絶望感、喪失感がありありと伝わってくる。あたしはその声に心臓が鷲掴みにされたような気分になった。
言わなきゃ。あたしがあなたの大切なものを持っているよ、と。
だが、喉はカラカラに渇き、どうしても声が出なかった。
御影君はその場に座り込むと、独り言のようにか細い声で言った。
「・・とても大切な人が写った写真だったのに・・・」
「・・・え・・」
「・・シェリス・・」
言ったきり再び押し黙ってしまった。シェリスとはおそらく写真に写っていた外人の少女の事だろう。
感情をここまで吐露する御影君を見て、あたしは写真の裏に書いてあった言葉を思い出していた。
”愛してる”
その言葉通り、御影君はその少女を好きなんだ。写真一枚なくなっただけでここまで悲しむくらいに。
失恋、の二文字が頭を過ぎったがあたしの失恋なんて御影君の悲しみに比べれば些細な事のように思えた。
写真を返そう。自分の都合で御影君を悲しませるなんて最低な事だ。あたしは御影君の笑顔を好きになったんだから。
「御影く・・」
「・・不思議・・」
口を開いたあたしを遮るようにして少年はポツリと言った。突然話しかけられた事に戸惑って完全に話すタイミングを失ってしまった。
彼は当然あたしの様子に気付くわけもなく、ゆっくりと立ち上がった。
「・・あんたといると不思議と落ち着く・・何で・・・?」
真顔で聞かれて、あたしは知らないと答えるしかなかった。だが心の内ではパニックだった。彼には他愛もない言葉だっただろうが、あたしはどうしてもそれを深読みしてしまう。
御影君はあたしの事を少しくらいは気になってくれているんじゃないか、と失恋したというのにそんな愚かな事まで考えてしまう。
すっかり茹蛸のように真っ赤になってしまったあたしに少年は首を傾げながら、
「・・・じゃぁもう行くよ・・」
と歩き出してしまった。
あたしはまだ彼に写真の事を言っていなかったので慌てて追いかけようとしたが、体がその反動で痛んで走る事が出来なかった。
だから仕方なく遠くから声を張り上げるしかなかったのだ。
「明日も学校に来てね!」
御影君は驚いて振り向いたが、あたしの必死さが伝わったのか軽く頷いてから校舎の影に消えていった。
その時のあたしは、失恋で悲しんでもよかったのだが写真を返すと決めた事で今までつっかえていたものが取れたような清々しい気持ちがしていた。
それなのに、まさかあんな事になるなんてあたしは思いもしていなかった。
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