次の日、あたしはいつまでも休むわけにもいかないと思いしぶしぶながらも学校へ行った。

 だけど・・・

 「来なきゃ良かった・・・」

 今は授業で言うと、体育にあたるだろう。だが、目の前には普通の高校にはあってはならないものが・・・。

 「ヒヒーン!」
 「乗馬って・・・」

 項垂れるあたしの横で宛がわれた茶色の馬が挨拶代わりに鳴いた。いや、鳴かれても・・・。

 こんなあたしの戸惑いなんて皆は感じていないらしい。教師に言われるままに軽々と馬に跨り意気揚々と馬を走らせていく。

 そんな光景を見てしまったら乗れませんなんて恥ずかしくてとても言えない。それでなくても馬鹿にされてるのに。

 どうする事も出来ずに途方にくれていると、クスクスと言う憎たらしい笑い声が耳についた。

 「桐堂さんは乗馬も出来ないようですわ」
 「まぁ〜。帝様もお可哀想・・・こんな子が義姉だなんておいたわしいわ」

 その高飛車な声には聞き覚えがあった。同じクラスの女子の取り巻きの中のリーダー格であるお嬢様だ。

 噂によると帝君との付き合いを狙っているらしく、事あるごとにこうして嫌味を言ってくる。それなのに男子の前では親しげにしてきていい子をアピールすると言うあたしの嫌いなタイプにクリーンヒットなのだ。

 いつもなら無視をするのだが、この日はあたしも機嫌が悪く、この挑発を受けてしまった。

 馬なんて昔は皆乗っていたんだし、きっと思ったよりも簡単に乗れるに違いない。

 持ち前のプラス思考で乗り切ろうと思ったのが間違いだった。しかも馬はあたしが軽んじているのを察知したのか、その背に乗ろうとすると突然暴れだしたのだ。

 「きゃぁぁ!!」

 思い切り振り落とされて、すごい勢いで地面に叩きつけられた。
 一瞬息が止まり、すぐに体中に鋭い痛みが走って、あたしは声を発する事も出来なかった。

 「茉莉さん!!」

 薫子が慌てて駆け寄ってくるのがぼんやりとだが分かった。先生もその声に焦ったようにこちらにやって来た。

 「桐堂さん、大丈夫ですか!?今すぐ保健室に!」
 「私が付き添いますわ」
 「ああ、瀬川さん。頼みます」
 「あたしなら大丈夫ですから・・」

 二人のやり取りを遮り、ズキズキと痛みの残る体を起した。

 「一人で行けますから」
 「でも・・」

 心配そうな薫子を安心させるように微笑んで、あたしは勢いよく立ち上がった。少し痛みが走ったが、落ちた瞬間に比べると大分いい。


 付いて行くときかない薫子を何とか押し留めて一人で保健室に行く事に成功した。
 薫子には悪いが、これで堂々とさぼれると言うものだ。あれ以上乗馬をする自信はあたしにはなかった。

 とは言ったものの、やはり体は正直で素直に保健室に行けと訴える。

 だが、ここで一つ問題が起きた。

 「・・・保健室ってどこ・・?」

 この無駄にでかい星城学園の事だから保健室も病院のように広いのだろうか。だとしたらきっとすぐに見付かるはずだ。

 楽天的に考えて、校舎の中に入ろうとした瞬間、あるものを耳にしてあたしの足は歩みを止めた。

 透き通るような美しいヴァイオリンの音。一瞬痛みも忘れてしまった。
 音は彼と学園で初めて会った、あの校舎裏からしているようだった。

 御影君がいるのだ。

 脳裏に過ぎったその考えに体が震えるのが分かった。

 会いたい。でも会いたくない。

 矛盾した二つの思いが交差する。御影君にはもちろん会いたいが、会ってあの写真の事を聞くのが怖い。僅かに残った望みにまだ縋り付いていたい。

 だが、結局あたしは衝動的に迫る欲求に耐えられなかった。一目でいい。彼の顔が見たい。

 声を殺して出来るだけ足音を立てないようにして校舎裏へと音楽に誘われる様にして進む。

 ヴァイオリンの音が大きくなっていくにつれて心臓も早鐘を打つ。


 「御影君・・・」

 やはりヴァイオリンの音の正体は彼だった。だが、どうも様子がおかしい。ただでさえ白い顔は青白くそのまま消え果てしまうかと思われるほど儚げでその瞳には悲しみが宿っていた。

 そのヴァイオリンの音色も素人のあたしでも分かるくらい乱暴で、何かに焦っているのが見て取れた。

 あたしにはそれが大切な写真を失くしたためにきているもののように感じられて、ひどく居た堪れなくなる。


 苦しんでいる彼を見ていられなくて、その場を離れようとした時、流れていた音楽が突然止んだ。

 「・・・あれ・・あんた・・」

 後ろから声を掛けられて、振り向くと御影君と目があってしまった。

 交わる視線。久しぶりに見る少年の美しい顔に、あたしは不覚にも涙が出そうになってしまった。    











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