星城学園にはお茶会や演奏会など様々なイベントがあるが、10月も終わりに近付くこの季節最大のイベントはハロウィンの仮装ダンスパーティーらしい。

 日本ではそこまで一般的ではないのだが、星城学園では外国のイベントにも熱心に取り組んでいるようで、このハロウィンのダンスパーティーもかなり大規模なものらしい。

 仮装と言うからには参加する生徒は皆それぞれに自分だと分からないように仮装をする。その仮装がさすがに手に込んでいるらしくて本当に不思議の世界に迷い込んでしまったかのようなものになるらしい。

 しかもそれはダンスパーティーと言うだけあってダンスが主流である。この時期は男子が女子に声を掛ける姿をよく見かけるとか。皆ダンスの相手探しに必死のようだ。


 「茉莉さんはもうお相手は決まりましたの?」

 そう言って邪気のない笑顔であたしに聞いてきたのはこのパーティーについても教えてくれた同じクラスの女の子、瀬川薫子だ。
 美子のように女の子らしくて優しげで、あたしが唯一心を休めて話せる相手だ。

 「まだって言うか、そんな事知らなかったしなぁ・・」
 「まぁ。早く決めなければパーティーの日になってしまいますわ」
 「まぁいざとなれば出なければいいわけだし・・」

 その日の学校は休みとなる。参加したい生徒だけ仮装して登校するのだ。

 金持ち達の娯楽に自分が付いていけるとは到底思えないのだが、そう言うと薫子は大げさに驚いて珍しく食って掛かってきた。

 「それはいけませんわ!ダンスパーティーは年に2回しかないのです。素敵な殿方と会う貴重な一回を無駄にするなんて・・」
 「殿方って・・」

 薫子は古くから続く華道の家元の娘らしいので妙に言う事が古臭いと言うか古風だ。

 「茉莉さんは一緒にダンスをしたい殿方はいらっしゃらないのですか?」

 一緒にダンスをしたい相手・・・?

 真っ先に頭に浮かんだ人物はヴァイオリンを弾くフランスの王子様。彼とダンスが出来たらどんなに素敵だろう。

 だが、そんな淡い空想はすぐに泡となって消え果てた。
 今も鞄に入っている少女の写真。御影君の大切な人。


 突然押し黙ったあたしを不思議そうに薫子が覗き込む。

 「あぁ、ごめん。ちょっとぼうっとしてた」
 「そうですか。次は移動教室ですので早く移動しなければ。さ、参りましょう」
 「うん・・・」

 努めて明るく言おうとしたが、あたしの気持ちが晴れる事はなかった。









 屋敷に帰ってメイドさん達を追い出して一人、ベッドの上で物思いに耽る。

 あの写真を見ながら考える事はいつも同じ、御影君の事である。
 写真を受け取ってから今日で二日、まだ学校で彼を見ていない。もしかしたら来ているのかもしれないが、あたしは極力会わないようにしていた。

 あんなに会いたくて仕方がなかったのに今は会いたくない。会ってあの写真の人物が誰なのか知るのが怖かった。

 他人に興味のない彼の一番大切な人・・・お人形さんのように可愛い女の子・・あたしなんて到底敵いっこない。

 そんなに大切な人の写真なら、きっと無くして焦っているだろう。だけど、あたしはどうしても写真を返したくなかった。

 「あたしって最低・・」

 最近自分が嫌な女に思えてならない。自己嫌悪でどうにかなりそうだ。

 深い溜息を吐いて、ふかふかの枕に顔を埋めた時、誰も入れないようにと閉めた扉が勢いよく開いた。

 「茉莉ちゃ〜ん!!」

 誰かと思って一瞬身を起そうとしたが、声を聞いてそのままでいる事にした。傷心のあたしにはママの相手はきつすぎる。

 「何の用よ、勝手に入って来ないでって言ってるでしょ」

 顔を枕に付けているのでくぐもった声になったが、機嫌の悪い事は伝わっただろう。
 今は一人になりたいのだ。さっさと出て行って欲しい。

 「ひどいわ、茉莉ちゃん!今日が何の日か覚えてないの〜!?」
 「・・・?」

 ママに言われてあたしは慌てて頭の中のカレンダーをめくる。
 ママの誕生日はもう過ぎたし、母の日とかでもない。色々考えたが、今日が何か特別な日であるようには思えない。

 「一体何の日なの・・・よ・・?」

 しぶしぶ体を起したあたしの目に入ったものは目を潤ませたママと、その隣にある大きな大きなスーツケース。

 「・・・どっか旅行でも行くの?」
 「ママ、海外に住む事になったって言ったでしょぉ!?今日がフライトの日なのぉ〜!なのに茉莉ちゃんたら帰ってくるなり部屋に閉じ篭ってお見送りに来てくれる気配もないしぃ・・」
 「え?・・・あ!!」

 そうだった!!ママには申し訳ないけど、すっかり忘れていた。最近色々あって自分の事でいっぱいいっぱいだったのだ。
 ママの方も忙しかったみたいで顔を合わせるのも久しぶりだった。

 ベッドから降りて、そのスーツケースに目を移す。ああ、本当に行ってしまうんだな、とようやく思えてきた。

 ママなんて、と思った事もあったけれど、やはり唯一人の肉親。離れるのは辛い。しかも今あたしは頭の中とかグチャグチャで、こんな時こそママには傍にいて欲しかったのに。

 「ママ・・・」
 「茉莉ちゃん?」

 久しぶりに抱きついたママからは遠い記憶のままに、爽やかなシャンプーと花の香りがした。

 「そんなに寂しいの?二度と会えなくなるわけじゃないわ。いつでも遊びにいらっしゃい」
 「・・・うん」

 馬鹿。こんな時だけ母親っぽい事言って頭を撫でるなんて。堪えていた涙が溢れ出てしまったじゃないか。

 学園の事とか帝君や御影君の事、あたしの悩みの全てを言ってしまいたい衝動に駆られたが、新たな人生に向かって旅立つママの重りにはなりたくない。

 だからあたしは必死に笑顔を作って、こう言ったのだ。

 「あたしなら大丈夫だから。ママ・・・幸せになってね・・」

 精一杯の強がりをママは知ってか知らずか、嬉しそうに頬を染めながらも顔は困ったように笑っていた。  











  BACK  NOVELS TOP   NEXT