あたしは御影流架が好きだ。


 そう認めたのはいいが、これからどうすればいいのかまるで見当がつかない。
 あれから昼休みは彼に会える事を期待して毎日第二音楽室に行っているのに彼はいなかった。

 最後の交流からもうすでに3日経っている。好きな人とは毎日会いたいと言う乙女の本能は当然あたしにもあり、もう我慢の限界にきていた。


 そんなわけで、授業中にも関わらずあたしは先生の話なんて少しも耳に入っていなかった。
 考える事は一つだ。御影君に会うにはどうしたらいいのか。

 もちろんクラスも調べて覗きに行ってみたけど、どうやら休みらしい。前に聞いた話ではあまり学校に来ないらしいから、きっとどこかで寝ているかヴァイオリンを弾いているのだろう。


 机の上にあるノートに「彼の行きそうな場所」と書く。
 そしてそのすぐ下に「校舎裏」「音楽室」と書いて、シャーペンを置いた。

 あたしの知っている彼の行きそうな場所など限られている。この二つにはいない事も既に確認済みだ。

 やはり彼が学校に来るのを大人しく待っているしかないのかと項垂れた時、頭の中にある光景が過ぎった。


 「あ!!」

 思わず叫んでしまったのが不味かった。皆の視線は一気にあたしに向けられ、先生は驚いたように言った。

 「桐堂さん?どうしたんですか?」
 「え?あ、あ〜・・・そうだ!蚊です!蚊がいたんです!」
 「・・・今は秋ですが」
 「・・・多分、この秋最後の蚊だった・・と思います・・」

 我ながら酷いいい訳だと思ったが、頭をフル回転させてこれしか浮かばなかった事の方があたしを虚しくさせた。
 他の生徒達の失笑に包まれるあたしを哀れんだのか、先生はそうですか、とだけ言って授業に戻った。


 あたしは恥ずかしさで小さくなりながらも頭の中は先程思い浮かんだ事でいっぱいだった。

 一番御影君が行きそうな場所。あの路地裏の小さな楽器店。あそこなら場所も分かる。

 問題はどうやって行くかだ。また一人で行って誘拐されそうになったら洒落にならない。

 考えた末出した答えは至ってシンプルなものだった。

 佐々木さんに頼むしかない。









 「駄目です」
 「そこを何とか!一生のお願いです!」
 「いくら言われましても駄目なものは駄目です」
 「あたしにとってすごく大切な事なんです!お願いします!」
 「駄目です」

 それは諦めの悪いあたしでも諦めるしかないと思わせる厳しい口調だった。
 一度誘拐されそうになった事に責任を感じている佐々木さんだから当然だろう。

 分かってはいるが、それでもあたしにとっては最後の希望が潰えたのでショックだった。
 佐々木さんが何か言いたそうにこちらを見た事に気付いたが、あたしは何も言わなかった。







 しばらく口も開かずにぼんやりと見るともなく自分の手を見ていた時、車が静かに止まった。
 家に着いたにしては早すぎると窓を見たあたしの目に飛び込んで来たのは今行きたくてたまらなかったあの店の看板であった。

 「ここって・・・」
 「おや、どうやら道を間違えてしまったようです」

 おどけて言ってドアを開けてくれる佐々木さんが神様に見えるのはおそらく気のせいではないだろう。

 「ありがとうございます!」

 この3日間で一番の笑顔を佐々木さんに送って車から飛び出した。


 高鳴る胸を押さえつつ店の前に立ちこっそりと硝子越しに見ても中に人は見当たらない。
 休みだろうかと不安を覚えつつ扉に手を掛けると、
 「あれ?」
 開いた。

 「あのー・・・」

 悪い事をしているわけでもないのに居心地が悪くてこそこそと店の隅を歩いていると、誰かがポンとあたしの肩を叩いた。

 「ひっ!!」

 心臓が口から飛び出すんじゃないかと思うくらい驚いて振り向いたところにいたのは人の良さそうな笑みを浮かべたおばあさんであった。

     











  BACK  NOVELS TOP   NEXT