7
「どうしよう・・」
帝君の部屋の前、ノックをしようとする手は宙に浮いたまま一向に動こうとはしない。
本当なら帝君となんて話もしたくないのだけど、どうしても聞きたい事があった。
だが、このドアの向こうに不敵な笑みを浮かべた悪魔が牙を剥いていると思うとどうしても勇気が出ない。
かれこれ10分ほどこんな事をしているので通りかかる人々に不審げな目を向けられているが、そんな事いちいち気にしていられない。
「よしっ!」
何度目か分からない決心をして右手を大きく振り上げた瞬間、
ガチャリ
「!?ぶっ!」
ドアが大きく開いて、あたしは顔面を打ち付けてしまった。
あまりの痛さに前のめりになって強打した鼻を押さえていると、上からさめざめとした声が降って来た。
「・・・覗きデスカ、義姉さん」
「違うわよ!!」
誰があんたなんか覘くか!と頭に血が上って睨んだ先に居た義弟は呆れ顔で軽蔑の眼差しを隠そうともせずドアに凭れ掛かっていた。
「じゃぁ何でさっきから俺の部屋の前にいたわけ?」
「え、気付いてたの!?」
「・・・あんたの独り言、でか過ぎ」
「うっ・・・」
確かにブツブツ言ったり、唸ったりしていたけども!
いざ指摘されると恥ずかしさと同時に情けなさまで込み上げて来て、あたしは帝君の眼差しから逃れるように顔を逸らした。
すると帝君は苛立ったように大きく息を吐くと、
「で、何か用?」
と意外にも見捨てずに用件を聞いてくれた。
思ってもみない対応に一瞬呆けてしまったが、この機会を逃すわけにもいかずに慌てて捲くし立てる。
「あのね、ちょっと聞きたい事があるの!み・・」
「ストップ。長くなりそうだから中で聞く。入れよ」
確かにここだと人の目も気になるし、聞いてもらうのに立ったままと言うのも気がひけるので促されるままに部屋に入った。
帝君の部屋をじっくりと見た事が無かったが、物の少なさに驚いた。あたしの部屋なんかより余程豪勢だと思っていたのに、最低限のものしか置いていないと言う感じだ。
「人の部屋をじろじろと・・・やっぱり覗きだったのかよ」
「あ、ごめん!」
これはあたしが悪い。自分の部屋をじろじろ見られるのは確かに嫌だ。だから素直に謝ったのに、帝君は拍子抜けしたように目を丸くした。
「やけに素直だな」
「あたしはいつだって素直です」
「・・・座れよ」
あたしの発言を軽くスルーして部屋の中央に置いてあったテーブルの椅子を引く姿は本当に紳士的で絵になる。
やはり育ちの問題なのだろうかと頭を捻りながら素直に腰を掛けると彼もすぐ向かいの椅子に座った。
「で?聞きたい事って何だよ」
にやにやとおもしろそうに問い掛ける少年に憮然としながらも手短に用件を言った。
「御影流架って人の事なんだけど・・・」
「・・御影?」
「学年違うから知らないかな?2年生の男子なんだけど・・」
本当ならクラスの女子にでも聞けばいいのだが、どうも話し掛け辛い。帝君ならば学園の事も詳しいだろうから一か八か聞いたのだが。
やはり知らないかと、がっくりと肩を落としたが少年は意外にも知っていると答えた。
「え!?知ってるの!?」
「ああ、御影流架は学園でも有名だ。それにあの顔だから女も騒ぐ」
「有名って・・」
「星城学園の生徒は普通幼稚部から入学する。だが御影は中等部から転入してきたから皆珍しがった。しかもあいつの両親の事がそれに拍車をかけた」
「御影君のご両親って有名な人なの?」
「ああ。父親は日本を代表する大病院の院長で母親は世界的なピアニストだ」
その瞬間、病院と御影と言う苗字が頭の中で結びついた。
ニュースで聞いた事がある。様々な研究と大手術をやってのける大病院。現在は外国に拠点を移していると聞いていたが。
あの物憂げで不思議な少年がまさかそんなにすごい所の子息だとは。星城学園の生徒は皆そうだと理解していたつもりだったが、彼だけは他の人とは違うような気がしたのだ。
彼の事がもっと知りたくて、近付きたくて聞いたのにもっと離れてしまったような気がして、知らず知らずの内に項垂れた。
「・・・おい?」
「あ、ごめん、ありがとね」
目の前に帝君が居る事を忘れていた。
慌てて席を立って部屋を出て行こうとするあたしに帝君は今度はひどく真面目に尋ねた。
「何で突然御影の事を聞こうと思ったんだよ」
「えっと・・・ちょっと話したから・・」
「話したって・・・御影とか?」
「そうだけど?」
なぜ彼がそんなに驚くのか分からなかったが、その理由を聞いてあたしは自分でも驚くほど心臓が高鳴ったのを感じた。
「あいつはいつも寝ているかヴァイオリンを弾いているかで他人とはめったに話をしない変わり者だと聞いている」
もう誤魔化せないと思った。たったそれだけの事なのに顔が緩んでいく。そんな彼が自分と話してくれた事がひどく嬉しい。
・・・彼に会いたい。
BACK NOVELS TOP NEXT|