「・・・おにぎり・・?」

 目をぱちくりとさせて手にしたおにぎりを色々な角度から眺める様子に驚いたのはあたしの方だ。
 まさかおにぎりを知らない日本人がいるなんて思わなかった。いくらお金持ちのお坊ちゃんとは言えおにぎりくらいどこかで見ているはずだ。

 「まさか、おにぎりの事知らないの?」

 恐る恐る探るように聞くと、返って来たのはひどく素直な反応であった。

 「・・・初めて見た・・これって食べ物・・・?」

 じっとこちらを見る瞳には教えて欲しいと言う期待が見え隠れしていて、あたしは人知れず笑みを浮かべた。
 邪魔だと言われずにホッとした気持ちと御影君と話が出来る嬉しさがあたしを笑顔にさせたのだ。

 なぜ嬉しくなるのか自分でもよく分からないが、今はそんな事はどうでもいいような気がした。

 あたしは軽く咳払いをして偉い先生のようにおにぎりについて説明しようとしたが、ふと気が付いた。


 ・・・おにぎりってそもそも何だっけ?


 「え〜っと・・ご飯に塩を付けて手で握って、そのご飯の中に梅干やら鮭やら、色んなもの入れて、最後に海苔で包んで出来上がり・・?」

 3分間クッキングじゃあるまいし、我ながらこの説明は何だと思ったが、御影君はなぜか納得したらしく、
 「・・・へー・・・」
 と、感動しているのかしていないのか分からない声で驚いていた。

 「・・・何なら食べてみる?」
 「・・・え・・・うん・・」

 小さく頷いた御影君は少し照れているようなはにかんだ笑顔を浮かべていた。

 うわっ・・・笑った・・・!!

 満面の笑みではなく、軽く目尻を下げて口を持ち上げただけだが、何だか凄いものを見てしまったような気がするのはなぜだろう。

 帝君がするような作った笑顔ではなく、心から出る自然な笑顔に惹きつけられた。








 「・・・おいしい・・」

 それが御影君の食後の第一声だった。
 何も言わずに黙々とおにぎりを頬張って、飲み込む姿は物静かな雰囲気とは懸け離れていてそのギャップに少し戸惑う。

 「・・・あ!・・」
 「!?」

 突然叫ぶから、うっかり持っていたサンドイッチを落としてしまった。おにぎりが無くなった今、貴重な食料だったのに。

 「突然何なの?」

 満たされない胃袋に不機嫌が隠しきれなかったが、その不機嫌を通り越す答えが少年から返って来た。

 「・・・俺・・3日間・・物、食べてなかったんだった・・・」

 だから最近ボーッとするのか、などと無感動に言う。

 「一体どんな生活してるの?メイドさんとかいるんでしょう?」
 「・・・多分・・あまり家に帰らないから・・よく分からない・・」
 「え?」

 答えは期待せずに色々聞いたが、以外にもポツリポツリと話してくれた。
 その話をまとめるとこうだ。

 御影君の両親は今フランスにいるらしく、御影君は日本の家に家族と離れて住んでいるらしい。だけど、あまり帰らずに公園でずっとヴァイオリンを弾いていたり、知り合いの店に行ったりして、たまに帰ってもシャワーを浴びるだけだとか。

 そして彼は自分の事も少しだが聞かせてくれた。

 本名は御影流架、あたしと同じ2年生で母方の祖母がフランス人のクウォーター。自らも幼い頃からフランスで暮らしていたらしい。だからおにぎりとか日本の事は詳しくないのかもしれない。

 あたしも自己紹介したが、初めてだった、帝君の名前を言っても顔色一つ変えなかったのは。学校にもあまり来ずに、来ても気が向いた時しか教室に行かないらしいから学園の事もよく分かっていないみたいだ。




 楽しい時間はあっと言う間に過ぎて、昼休み終了のベルが音楽室にも鳴り響いた。
 まだ話したい事はたくさんあったので、つまらない授業なんて受けたくは無かったが、そう言うわけにもいかずにしぶしぶ立ち上がる。

 「そろそろ行くね・・・じゃぁね」

 またね、とは言えないのが悲しい。
 このままここにいたら、御影君が嫌いな五月蝿い女になってしまいそうで、逃げるように音楽室を出ようとしたら、彼もあたしに習うように立ち上がった。

 「・・・俺も、授業・・出る・・」

 立ち止まったあたしの横を通り過ぎて、廊下に出ようとした時、思い出したようにこちらを見た。

 「・・・あんたの事・・思い出したから・・」
 「―――え・・」

 思い出したって・・・誘拐の事・・?

 呼び止めようとしたが、御影君はすでに廊下を歩いていてこちらに背を向けていた。

 「あの・・!」

 背中に向かって声を掛けると、彼は振り返って右手に持っていたおにぎりの袋をピラピラとさせながら、流暢なフランス語でこう言った。

 「Merci.」

 そのまま去って行く少年を見送って、その姿が完全に見えなくなった瞬間、こらえられなくなったように腰が抜けた。

 「あの笑顔は反則だって・・」

 やばい。ママ、あたしも恋に落ちそうです。      











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