「佐々木さ〜ん。このまま一緒に遊園地行きませんか〜」
 「おや、どうしたんですかお嬢様?デートのお誘いですか?」
 「そうなんですよ〜あたし一応女子高生だから若いですよ〜」
 「ははは。光栄ですが、私には妻子がいるんですよ、残念ですね」
 「へ〜・・・って佐々木さん妻子いるんですか!?」

 驚いたが、普通に考えればいて当たり前なのだ。佐々木さんはナイスミドル。子供もあたしくらいになっていても不思議はない。

 思わぬ佐々木さんの奇襲攻撃に呆然としていたが、そんな事している場合ではない。どうにかして進路を変えさせなければ。

 「あたしはそんな事構いませんよ?だから・・」
 「お嬢様」

 いつになく厳しい口調の佐々木さんにビクリとしてバックミラーを見ると、目があった。
 その目はさながら悪い事をした子供を叱る時の親のようで。

 「学校に行きたくないのでそのような事を仰っている事はもう分かっているんですよ」
 「そ、そんな事は・・」
 「お嬢様」

 今度は優しげに言われて、あたしは負けたと悟った。佐々木さんは案外やり手と言うか、子供の扱いに慣れている。

 「・・・皆あたしの事腫れ物触るように扱うんですよ。帝君の義姉って事は学園中に分かっちゃったから、女の子達はほとんど親しげに話しかけてくれるんですけど、帝君と仲良くなりたいって思惑が見え見えで・・・」

 一部の女子から呼び出しを受けた事は敢えて言わずにおいた。これ以上佐々木さんを心配させたくない。

 星城学園に行っても馴染めるわけはなく、あたしは完全に浮いていた。
 皆が当たり前に出来る作法が出来ない。立ち振る舞いが人と違う。帝君の義姉だから表立って言う人は少ないけれど、目を見れば分かる。

 ”汚らわしい庶民のやる事は分からないわ”

 脳裏に蘇った言葉に不快感が募る。

 「同じ人間なのにね・・・」

 呟いた言葉は窓から入る風に乗ってどこかへ飛んで行ってしまった。






 昼休みを告げるベルが校内中に鳴り響いて、生徒達は思い思いに立ち上がって大食堂へ移動して行く。
 あたしも何人かに一緒に行こうと誘われたが、丁重にお断りして一人で教室を出る。

 一度大食堂で食べた事があるが、まるでどこかのレストランのようだった。出てくるものはフレンチなどのフルコースが主流でその広さには頭がクラクラとした。
 日頃屋敷で食べているので学校に来てまで食べたくはない。今日は佐々木さんに泣きついてコンビ二に寄って貰った。

 「さて、どこで食べよう・・・」

 ビニール袋を片手にスキップをしているあたしはさぞかし変に見えるだろうが、そんな事は知った事ではない。これから冷えたおにぎりとサンドイッチが食べられるかと思うと自然と心もウキウキとしてくる。

 「ママが再婚して唯一良かった事は何でもない素晴らしさを感じれるようになった事ね」

 自嘲気味に言って、人気のいない場所はないかと辺りを見回していると、どこからともなく美しい旋律が聞こえてきた。

 「・・・ヴァイオリン?」

 クラシックに興味はないが、ヴァイオリンくらいは分かる。
 なぜかその音に惹き付けられて導かれるようにフラフラと歩いていくと、それが第二音楽室から聞こえて来る事に気付いた。

 昼休みなのに熱心な生徒もいるものだと何気なく覗いた瞬間、あたしは持っていたビニール袋を落とした。



 中にいたのはあの御影君だった。

 一心不乱にヴァイオリンを弾く姿は眠そうにしていた彼とは思えないくらい真剣で、額には汗が光っている。

 薄茶の瞳は今は閉じられて長い睫毛が窓から差し込む光にキラキラと輝き、白い肌はより一層その白さを際立たせ、この世の者とは思えない姿に魅入られたあたしはその場に立ち尽くすだけだ。

 聞いた事もない音楽なのに、引き込まれていく。彼の込める感情が流れ込んできて自然と体が震えた。

 瞬きも惜しむように目を見開いて、いつまでも彼と彼の奏でる音楽に浸っていたかったが、御影君が弓をヴァイオリンから離した瞬間にそれは呆気なく終わってしまった。

 深く呼吸をしながらネクタイを緩めた少年はようやく周りの様子に目を向けたのか、あたしの視線に気付いてこちらを見ようとした。


 あ・・・目が合う――


 そう思った瞬間、反射的に隠れてしまった。
 自分でも馬鹿な事をしていると思いつつも一度隠れてしまった以上、簡単には出られない。


 どうしようか考えていると、近くでガサガサとビニール袋を開ける音がした。

 ぎょっとしてそちらを見ると、御影君がビニール袋に入っていたおにぎりを手にとって繁々と眺めていた。

 そしてこちらを見て一言。

 「・・・これ・・何・・?」


 ・・・いや、おにぎりですけど。











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