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少年は女子の陰湿な虐め現場を目撃したにも関わらず、呑気に欠伸をしながら面倒くさそうにそっけなく言った。
「・・昼寝の邪魔なんだけど・・・」
てっきり助けてくれるのかと思ったが、どうやらただ単に自分の睡眠の邪魔をされたくないらしい。
「御影君・・・私達は別に・・・」
「そうですわ!話をしていただけですのよ!?」
この状況を必死になって誤魔化そうとしているのがみえみえで、青ざめた顔が滑稽だった。
だが、御影と呼ばれた少年は興味なさげに目を細めるとほんの少し声を強めた。
「・・あんた達が何してたかなんてどうでもいい・・・終わったんならどっか行ってくれない・・・?」
一斉に彼女達は顔を赤らめた。それは怒りから来るのか恥から来るのかは読み取れない。
だが、あたしには好都合な事にそのままどこかへ走り去ってしまった。もちろん最後の一睨みは忘れずにして行ったが。
足音が遠ざかって、辺りが再び静かになると少年はゆっくりとその場に座り込み、近くにあった木に凭れ掛かった。どうやらこのまま寝てしまおうとしているらしい。
「あ、あの・・・!」
心地よさ気にしているところ、申し訳ないと思ったが、どうしてもこの少年と話がしたくて思い切って声を掛けたが一向に目を開ける様子はない。
まさかもう寝てしまったのでは、と忍び足で近付いて顔を覗き込んでみる。
「うわ・・・すごい・・・」
「・・・何が・・?」
「え!?・・あ・・っ!」
間近で見た顔があまりに綺麗だったため思わず出た言葉に思わぬ返答があったため、驚いて尻餅をついてしまった。
「痛ぁ〜・・起きてるなら起きてるって言ってよ」
「・・・起きてる・・」
「えぇ?」
洒落のつもりかと思ったが、彼の顔は至って真面目でどうやら本気で言ったらしい。
何だかそれが可愛く思えて一人で笑っていると、何を笑っているのか分からない少年は少し不思議そうに首を傾げた。
「・・何・・?」
「あ、何でもないの・・・それより、あなたに言いたい事があって・・」
言葉を濁らせたのは少年が少し不機嫌そうにこちらを見たからだ。眠りを邪魔されたせいだろう。
しかしここで引き下がるわけにもいかない。
「あの・・・あたし、あなたにずっとお礼が言いたかったの」
「・・・お礼・・」
「そうなの。あの時、あなたがいなかったら、あたしどうなってたか・・・」
「・・・・・・何の事・・?」
煩わしそうに首を動かしてこちらを見詰める少年の目は何を考えているのか全く読めない。
あたしはと言うと、まさかそんな答えが返ってくるとは予想していなかったので、少々固まってしまった。
もしかしてもしかして・・・この人・・・
「お、覚えて・・・ない?」
返事の変わりに再び首を傾げる様子に確信を持った。
この少年はあたしを誘拐犯から助けた事をこれっぽっちも覚えていない。
それはつまり、この少年にとってあたしの事なんて取るに足らない事で。助けたのも単なる偶然で。
「そっか・・・」
その事実はひどくあたしの心を傷つけた。なぜこんなにもショックなのか自分でもよく分からないが、何か裏切られたような気さえしてくる。
「そうだよね・・・ふふ・・」
なぜ人は悲しい事が起こると笑ってしまうんだろう。本当は泣いてしまいたいのに。
「・・どうし・・」
「何でもないの!忘れて!」
これ以上会話を続けるのが耐えられなくて、少年が何か言おうとしていたのに止めてしまった。
出来るだけ自然な笑顔を顔に乗せて、折れそうな心に鞭打って勢いよく立ち上がる。
「昼寝の邪魔してごめんね!じゃ!」
自分でも驚くほど大きな声で言うと、そのままその場を走り去った。
いや、走り去ろうとした。
しかし、あたしの足は2、3歩いたところでピタリとその動きを止めたのだ。
そうだ。あたしは彼に言いたい事があるのだ。例え本人が覚えていなくても。
振り向いた先にいた少年は何だか戸惑ったような、困惑した顔をしているようだった。
そんな彼とは正反対にあたしはにっこりと笑顔で声を投げた。
「最後にこれだけ言わせて!・・・ありがとう」
そこで初めて少年ははっきりと分かるほど表情を変えた。
言うなり駆け出したのでよくは見えなかったが、見開かれた瞳の淡いブラウンがいつまでもあたしの目に焼きついて離れなかった。
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