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「ほんっとうに、あんたって最低ね」
「おや、それは光栄ですね」
車内に乗り込むやいなや開口一番に暴言を言ってやったのに、言われた本人は相変わらず飄々と受け流した。
その様子にあたしはイライラと視線を窓の景色に向ける。
なぜあたしがこんなに怒っているのかと言うと、その理由を説明するのも腹が立つ。
部屋を飛び出した後、すぐに佐々木さんがいつも迎えに来てくれる場所に行ったが、彼はそこにいなかった。
彼がいそうな所を探してついに見付けた時、彼は泣いているでも落ち込んでいるでもなく、何と鼻歌を歌っていたのだ。しかも車を洗いながら。
もう意味が分からなくて佐々木さんを問いただすと佐々木さんは軽く笑った。
「私がお嬢様の運転手を辞める事はまだありませんよ」
それを聞いた時のあたしはきっと物凄い形相をしていた事だろう。帝君に騙されたと分かったのだから。
しかし、よくよく聞いてみるとどうやら満更嘘でもないらしい。
佐々木さんは今回の誘拐事件に責任を感じて辞職しようかと考えたらしい。けれど明さんとママにそれを言っても認めてもらえなかったとか。
じゃぁ何で今日は車なんて洗っているんだろう。いつもならもうスタンバイしている時間なのに。
「今日は坊ちゃんから一緒に登校するので車は一台でいいと聞いておりましたが・・・?」
「全く手の込んだ嫌がらせしてくれたわね」
「どうしてもあなたと登校したかったんですよ」
「嘘付け」
「はい、嘘です」
ああ、その爽やかな顔を捻り潰してやりたい。
「暴力はいけませんね」
ニコニコと笑うこいつの頭の中が全くと言っていいほど理解出来ない。あたしの事をウザいと言ったかと思うとこうしてからかってきたりする。天使かと思うと悪魔になる。
一体何がしたいんだろう。その行動はまるで幼子が母に構って欲しくてやっている悪戯のようだ。
だが、油断は出来ない。少年かと思って近付けば突然男になったりして痛い目を見るのはこちらなのだから。
「・・・ところで、それって一体何が入っているの?楽器みたいだけど」
先ほどからずっと気になっていた、帝君が大切そうに抱えているケースが。天下の桐堂家ならば物ははいて捨てるほど手に入ると思うが、なぜか帝君はそのケースをとても大事にしている。
「ああ、これか・・・」
言って、ケースに目を向けたのでサラサラとした漆黒の髪が頬に掛かって横からは表情を伺い知る事は出来なかったが、何時になく真剣な声色が印象的だった。
「これにはフルートが入っているんだ」
「どうしてフルートなんて学校に持っていくの?」
なぜか空気が重くなった気がしてそれを払拭するように努めて明るく振舞ったが、少年の次の一言でその努力は早々と幕を閉じる事になった。
「音楽の時間に使うから。学校でも貸してくれるけど、自分のでないとしっくりこないんだよ」
「・・・音楽?音楽でフルート・・・?」
恐る恐る聞くあたしに彼はそれがどうしたのばかりにこちらを見る。
「単に俺がフルートなだけで、他にヴァイオリン、チェロ、サックス・・・主要な楽器と言う楽器は全部使うな」
ちょっと待ってくれ。あたしの記憶からすると高校の音楽は歌が主で、たまに楽器を使う時は木琴とかピアノとかその辺りなんですけど。
それが何ですか?フルート?ヴァイオリン?チェロ?触った事すら無いんですけど。
「星城学園に通う生徒は皆、何かしら楽器は出来る。一種の嗜みだからな。俺も一通りは全て弾ける」
「・・・・・・」
「・・・まさか何も出来ないのか?」
「・・・リコーダーなら・・」
「冗談だろ」
唯一出来る楽器まで否定されて打ちひしがれるあたしに更なる追い討ちが掛けられる。
「学園には音楽の他にも色々特殊な教科があるんだ」
見ろ、と差し出された紙には目を疑う教科が多く書かれていた。
体育では日本舞踊や乗馬や武術、フェンシング。また女子はお花やお茶やお琴、クラシックバレエも嗜みとして必修。
学業面では、英語の他に外国語を1つ以上必修しなければならない。主要科目の他に生徒に応じて帝王学や経済学も学ぶ。
「普通じゃないわよ・・・こんなの・・」
「星城学園に普通を求めるな。通っている生徒は全員企業の社長の子息や令嬢だ。子息は会社を継ぐために必要な事を、令嬢は貴婦人に相応しい礼節を学んでよりよい相手を婿に取る」
現実を突きつけられた気がする。正直こんなに大変だとは考えていなかった。甘く見ていた。
だから、
「言っただろ。お前には無理だって」
と帝君が言った時も反論出来なかったのだ。
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