「よくお似合いでございます」

 メイドさんがニコニコと満足そうにしているのを傍らに、自分の姿を鏡で映してあたしは言葉に詰まった。



 今着ているのは慣れたセーラー服ではなく、高級感のある白のブレザーに紺のスカート。青色のネクタイ。星城学園の制服である。
 大体白って言うのが気に食わない。汚れたらどうするのだと思ったがきっと金持ちは制服を何着も持っているから気にならないんだろう。

 窮屈な襟元を少し緩めながら、思う事は一つだ。


 ・・・似合わない・・・。


 縦ロールか何かでいかにもって感じのお嬢様って感じじゃなければ到底着こなせないと思う。
 シンプルの中にも所々刺繍が施されていて上品さが加わるこの制服、帝君が着ているのを何度か見た事があるがこんな違和感は感じなかった。

 あんな悪魔のくせに顔だけは無駄に整っていて天使だから白でも似合うのだろう。

 「ああもう!!」

 嫌な事を思い出してしまった。今でもあの時の事を思い出すと震えが走る。
 あれから前にも増して彼を避けてきたが、今日からはそうもいかない。学校で会う事もあるだろう。

 突然叫んだと思ったら落ち込んで脱力するあたしにビクビクしながら、メイドさん達は着替えで少し乱れた髪を直してくれる。


 行きたくない、なんて事は言わないがただ一つ心残りがある・・・美子の事だ。

 喧嘩した翌日、すぐに話し合おうと思ったが彼女は学校に来てはいなかった。話によると風邪をひいたらしい。
 あたしのせいかとも思ったが、美子はそんな事をするような子ではない事はよく分かっていた。本当に風邪をひいているのならお見舞いに行きたかった。
 だが、昨日の今日であたしに寄り道など許されるわけもなく断念した。携帯に何度もかけたが繋がらない。あたしを避けているのだろう。


 それが数日続き、あたしはとうとう美子に会えないまま転校する事になってしまったのだ。



 「美子・・・」
 感慨深げに呟いた時、メイド達が可愛らしい悲鳴を上げた。

 「おはようございます、義姉さん。制服、よく似合ってますよ」
 「帝君・・・!?」

 「何を驚いているんですか?今日は一緒に朝食をする約束でしたよね?」

 そう言って可愛らしく微笑めばメイドはクラクラ、あたしはムカムカ。
 約束なんてしてないし!!何かわいこぶってるのよ、こいつ!!

 「ちょっ・・・」
 「そうでしたか!ではお二人分の朝食をすぐに運ばせますわ」

 反論する間もなく顔を赤くしたメイド達はそそくさと出て行ってしまった。仲がよろしいんですね、なんて言いながら。

 パタンとドアが閉まった途端鋭く睨む少女とふてぶてしく笑う少年。

 「そんなに睨まなくても何もしませんよ?」
 「じゃぁ何しに来たのよ!!」
 「そんなの一緒に朝食を食べるために決まっているじゃないですか」
 「はぁ?」

 少年の真意を計ろうとしたが、無駄だった。元から何を考えているのか全く読めない男なのだから。


 そうこうしている内に朝食が運ばれて来た。さすが桐堂家の使用人は仕事が早い。

 「食事が終わりましたら声を掛けて下さいませ」

 言って深々とお辞儀をして部屋を出て行く彼女達を帝君は珍しく呆然と見詰めていた。

 「自分でやるのか?」
 「人に頼むよりも自分でする方が早いでしょ」

 手際よく水を注いでテーブルに置くあたしを物珍しそうな目で見るのは止めて欲しい。これだから坊ちゃんは困る。

 少し迷ったが帝君の分も注いでやると、少年はますます目を丸くした。
 気まずくなって席に着くと、それに習うようにして彼も座った。

 さっそく食べ始めるあたしに帝君は、
 「俺達、今日から一緒に登校する事になるみたいだぞ」
 と事も無げに言った。

 「!?うっ、ごほっごほ!」

 突然の事に物が喉に詰まって咽ているのにも関わらず、どんどん話を進める。

 「あんたの運転手、辞める事になったらしい」
 「ごほっ・・・や、辞めるって・・・」
 「詳しくは知らない」

 その言葉を最後に食事に集中してしまったので、これ以上の追及は出来なかった。
 運転手の佐々木さんはそんな事は一言も言ってなかったと思う。

 最近の佐々木さんの様子を思い出すと、彼の困ったような笑顔が思い出された。

 あたしがまた明日と言った時、少し間を置いてから「はい」と言った佐々木さんは今思うと少し変だったような気もする。
 あれはもう明日がない事が分かっているから出た笑顔なんだ。

 「どうして急に・・・!!・・・まさか・・」

 分かってしまった。ちょっと考えれば分かる事なのに。佐々木さんはあたしが誘拐されそうになった事の責任を取ったんだ。
 佐々木さんは何も悪くないのに、と怒りが湧いたがすぐにそれは消えた。

 元はと言えばあたしのせいなのだから怒る資格なんて無い。


 自己嫌悪で何も言えないあたしに帝君は食事の合間に短く言った。

 「行けよ」
 「!」

 その言葉で反射的に立ち上がる。自分がどうするべきか、もう分かっていた。  











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