あたしは夢でも見ているんだろうか。でなければ恐怖による幻影かもしれない。

 目の前の少年はそう思ってしまうほど異質であった。

 色素の薄い柔らかそうな栗色の髪に同色の伏せ目がちな瞳。真っ白、と言う表現がピッタリの雪の肌にフランス人形のような日本人離れした中世的な顔立ち。

 帝君とはまた違った美しさがそこにはあった。



 目の前の人物が現実とは思えなくて呆けるあたしと誘拐犯達をよそに少年は動揺した様子もなくこちらに近付いて来た。


 「なっ、何だお前は!!」

 ようやく正気を取り戻したらしい男が焦ったように声を荒げると、他の男達もはっとしたように動き始めた。

 歩みを阻むように立ちはだかる男に少年は少し眉を寄せた。

 「・・・邪魔・・なんだけど・・」
 「何だと!?」
 「・・・俺はあそこに行きたいだけ・・・だから・・どいて・・・」

 白く細い指が指す方には今まで気付かなかったが、小さな店が一つあった。

 分かっただろうと言わんばかりに男を見てからまた歩き出そうとしたが、現場を見られた誘拐犯が目撃者を放っておくはずはない。

 「待て!」

 腕を掴まれて今度こそ少年はその秀麗な顔をしかめた。

 「・・・まだ何かあるの・・・?」

 綺麗な顔が不機嫌に歪むのは妙に凄みがあって男は一瞬言葉に詰まったが、もう一人の男が少年の後ろに来たのを見て自信を取り戻したのか、強気な口調で言った。

 「こんな所見られたんだ。見逃すわけねぇだろ・・・見たところその制服、星城学園のものだな?だったらなおさら見逃せねぇな」

 にやにやと下卑た笑みを浮かべて掴んだ手に力を入れると少年は一層眉を寄せた。


 あたしはと言うと、少年が星城学園の制服を着ていた事に今更ながらに気付いて驚いていた。
 星城学園の生徒と言う事は当然金持ちのお坊ちゃんだ。そんな人がどうしてこんな所にいるんだろう。

 頭を動かして少年が行こうとしていた店の中を覗くと、ピアノやギターなどの楽器がちらほらと見えた。どうやら楽器店のようだ。

 お坊ちゃんが趣味や教養の一つに楽器を演奏するのは普通の事だが、こんないかにも寂びれた店を選ぶ理由が分からない。



 顔をまた少年に向けると男が強硬手段に出ようとしているところだった。


 まずいわ。相手は数人で少年は一人。しかもこの少年は背は高いけれど筋肉なんて何もついていないと思うほど細いのだ。敵うわけがない。


 自分のピンチに駆けつけてくれた王子様かと思ったが、どうやら囚われの王子様になりそうだ。

 最後の希望も潰えたとがっくりとうな垂れるあたしの頭上に思ってもいなかった声が降りかかった。

 「ぐわぁぁぁぁ!!」

 およそ少年の声とは思えない低い呻き声は誘拐犯の男達のものであった。
 何事かと慌てて顔を上げると飛び込んで来たのは倒れ伏す男達とその中心に優雅に立つ天使だった。


 この男達を一人で倒したと言うのか。


 見開くあたしの目と少年の涼しげな眼差しが交わったかと思うと次の瞬間にはあたしを捕らえていた男が呻きながら倒れていた。

 何が何だか分からずにいたが、とりあえず助かったのだと分かると急に体の力が抜けて立っていられずに崩れ落ちてしまった。



 そのままぼんやりと汚れた地面を見詰めていると、潤んだ視界に高級そうな靴が入ってきた。

 「・・・大丈夫・・・?」

 棒読みでとても優しさが篭っているとは言えないものであったが、あたしにとってはそれで十分だった。
 ガムテープを剥がされ、縛られていたロープを取ってもらうと少年に向き直る。

 近くで見れば見るほど綺麗な顔に見とれていると、誰かがあたしを呼ぶ声がした。



 「茉莉様〜!茉莉様〜!?」

 その声に聞き覚えがあった。運転手の佐々木さんだ。きっとあたしを心配して探しに来てくれたんだろう。
 どうしてここが分かったんだろうと思ったが、携帯にGPSが付いている事に気付いて納得した。

 急いで路地裏から出るとすぐに佐々木さんの姿が見えた。

 「佐々木さん!ここです!」
 「!!茉莉様、ご無事でしたか!?」

 慌てたようにあたしの無事を確認する佐々木さんに詫びて今あった事を説明すると見る見るうちに佐々木さんの顔が青くなっていった。

 「だ、大丈夫ですよ!?怪我なんてしていないし・・・あ、そうだ」

 そのまま倒れんばかりの佐々木さんの様子に焦って笑顔を見せつつし少年を紹介しようとしたが、
 「あれ・・・?」


 すでにその場に少年の姿はなかった。  











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