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「茉莉ちゃん?どうしたの?ボーっとして・・・」
「え?・・・あ」
美子の声で今授業が終わった事を知った。慌てて教室を見渡すと皆帰り支度や部活の準備をしている。
「最近おかしいよ?何かあったの?」
あった。衝撃な事が大いにあった。だが、美子に言っても仕方がない事はよく分かっていた。
あの後、あたしはママに帝君の事を話したがちっとも信じてくれなかった。実の娘よりも義理の息子を信じたと言うわけだ。でもそれも仕方がないと思う。あたしでさえもまだ信じられないのだから。
それは使用人の人達も同じで、皆にそろって否定されてしまった。それ以上言うと逆にあたしが悪くなりそうだから口を噤むしかない。
あれ以来帝君は相変わらずあの夜の出来事がまるで嘘のように”優等生”を演じている。
しかしあたしは違う。もう今まで通り接する事が出来なくなっていた。目も合わせられないし、笑顔を見るとゾッとする。
学校でも家でも休まる事がなくて、あたしはもう心身共に疲れきっていた。最近では授業後、人が少なくなった教室で数分間美子と話す事が唯一の慰めになっていたのだ。
「ねぇ茉莉ちゃん・・・」
ひどく戸惑い気味に口を開く美子に眉を寄せる。いつもならドラマとかおいしいケーキ屋さんの話などをするのだが、今日はどうやら違うようだ。
「どうしたの?」
緊張している美子をほぐすように努めて明るく振舞うと、彼女は少し落ち着いた顔をしてとんでもない事を言ってのけた。
「お家に遊びに行ってもいい?」
「・・・・・・は?」
何のために、と言いそうになったがそれはすんでのところで飲み込んだ。桐堂家に移り住む前からよくお互いの家を行き来していたし、何よりも美子の顔が期待に満ちていたからだ。
少し前のあたしなら何のためらいもなく頷いていただろうが、脳裏に浮かぶのは悪魔の笑顔。
何と言ったらいいか迷っていると、親友は今一番聞きたくない名前を口にした。
「帝君にもご挨拶したいし・・・」
「みっ帝君!!?」
今度こそ何のために、とあたしは言った。
「だって、茉莉ちゃんの弟さんになるんだし・・・あの・・・その・・・」
言いながらその顔がみるみる赤くなるのを見て、嫌な予感がした。
まさか・・・?
「美子・・・?あんたまさか・・・」
最後まで聞かずに茹でだこのようになった少女に予感は確信に変わる。
ああ、駄目だ。いたいけな親友を悪魔なんかに会わせちゃいけない。ただでさえ男に耐性のないこの子なんてひとたまりもないだろう。
「帝君は止めておいたほうがいいと思うよ?」
美子を思っての事だったのだが、理由が分からないだけに本人には理不尽に聞こえたようだ。明らかに顔が強張ったのが分かった。
「・・・どうして?」
「えっと・・・」
あいつは表面上は王子様だけど、実は夜な夜な女遊びをしている悪魔みたいな奴なのよ。
そんな事を言ったら逆効果なのは分かっている。だが、他に都合のいい理由が思いつかない。
言葉に詰まるあたしに美子は何か勘違いをしたようだった。
「もしかして茉莉ちゃんも・・・?」
「はぁ!?何言ってるの!?」
慌てて否定したが、それが益々不信感を募らせる結果となってしまった。
「そうなんでしょ!?本当の事言ってよ!」
「違うって言ってるでしょ!?決め付けないでよ!美子のそういうところ、大嫌い!」
言ってしまってからはっとした。言い過ぎだ。しかもこれは八つ当たりに過ぎない。謝らなければ。
「っ・・・」
だが、美子はあたしが何か言う前に教室を飛び出して行ってしまった。その瞳は潤んでいたように思う。
慌てて追いかけたが、校門を出たところで諦めた。美子の行く先は車が待っている方向ではない。遅くなってはいらぬ心配をかける事になる。
「美子・・・」
大切な親友が泣いているのに追いかける事も出来ないなんて。
心では追いかけろと急かしているが、頭の冷静な部分が言っていた。悪いのは美子の方だ放っておけばいい、と。
それに心底驚いたのはあたし本人であった。いつからあたしはこんなに冷たい人間になったのだろう。
罪悪感に苛まれて胸がズキズキと痛む。
もう嫌だ。
校門に突っ立っているあたしを見てひそひそと話す同級生の姿が目の端に映った瞬間、駆け出していた。
もう嫌だ。もう耐えられない。
その足は車が待っている方向とは逆に向いていた。
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