車内では帝君はずっと無言だった。口元は笑みを彩っているが、どうも様子が変である。先程の不自然すぎる笑顔といい何かがおかしいと感じていた。

 いつもの帝君ではない。

 外を見ると若い男女が酒に酔っている姿や喧嘩をしている姿などが目に入り、ますます不安になる。

 一体どこへ連れて行こうというのか。

 ずっと聞きたかったが、今の彼に話しかける勇気がなくて出来なかった。だが、もう耐えられない。不安に押しつぶされそうだったのだ。

 意を決して口を開いたが、それより先に少年が言った。

 「着きましたよ」

 驚いて窓を見ようとした瞬間、車が止まる。外を見てあたしは困惑した。
 人が通らないような狭い路地裏。辺りに人影や店はない。

 「この車で直接行くのは目立ちますから」

 困惑気味のあたしとは打って変わって少年は自らドアを開けて外へ出る。

 「ここからは徒歩で行きます」

 言って、視線だけをあたしに向ける。その目があたしに来るか来ないかを問いかける。

 正直言って行きたくはなかった。いかにも危なそうであるし、自分の格好がパジャマ姿なのも気に掛かる。

 だが・・・

 「行くわ」

 女は度胸だ。
















 目の前の光景は正に未知の世界だった。

 酒とタバコと香水の匂いが充満する室内ではテンポの良い音楽が流れて男女が妖しげに話している姿が目に入り、ついつい及び腰になる。

 だが、入ってきたあたし達に気付いた派手目の何人かの女の子達がこちらに駆け寄って来た。

 「帝、遅い〜」
 「待ってたんだからねぇ〜」

 男に媚びる様な口調で帝君に擦り寄っていく彼女達に同じ女として嫌悪を覚えたが、それよりもあたしは帝君はそんな彼女達を軽くあしらいながら肩を抱いたのが衝撃であった。

 「わりぃ、ちょっと色々あってさ」

 口調まで変わっている。

 あまりの事に声も出ないでいると、女の子達はようやくあたしに気付いたようで不審げな目線を受けた。

 「この子誰〜?」

 自分達の好きな男が他の女と現われた、しかもそれがパジャマ姿のまぬけ顔とあっては不機嫌になるのも分からないではないが、その声にはあからさまな敵意が混じっている。

 「姉貴」

 だが彼のその一言で彼女達の表情はガラリと変わった。驚きから困惑、そして妖艶な笑顔へ。

 「帝に兄弟いたなんて知らなかった〜自分の事ちっとも話してくれないんだもん」

 猫撫で声でますます男の腕に擦り寄る女の目にはもうあたしなんて映っていなかった。
 多少疑惑はあったものの嘘でも姉と言われるような女はライバルにもならないと判断したのだろう。



 帝君は一瞬あたしに冷えた眼差しを向けると彼女達と一緒に奥へ行ってしまった。

 「ちょっと・・・!」

 残されたあたしはたまったものではない。こんな場所、誰かといるのだって耐えられないのに一人にされるなんて。

 ただでさえこの格好である。刺すような視線を受けて慌てて目立たない隅に身を隠す。
 薄暗い中であったが帝君の姿はすぐに見付かった、人だかりの中心にいたのだから。

 声は聞こえないが、楽しげに何か話して女の子達が顔を赤らめている。
 目を疑うような光景ばかりで段々視覚が麻痺していくようだった。あたしは何でこんなところにいるのだろう。



 と、その時見知らぬ若い男があたしに近付いて来た。

 「そんなとこで何してんの?」

 茶髪にピアスでいかにも遊んでいます系な男で、その口調はとても軽いものであった。

 「え、あの・・・」

 怖かった。何かされると言うわけでもないだろうが、とにかく怖かった。
 じりじりと後退して今にも逃げ出してしまいそうなあたしをおもしろそうに眺めながら男は言った。

 「あんたさっき帝と一緒にいた子でしょ?あいつの姉貴ってマジなわけ?」

 おどおどしながらも頷いて、

 「帝君はよくここに来るんですか?」

 聞いてみると男は意外そうな顔をした。

 「姉貴なのに知らないの?・・・よく来るってわけじゃないけど、すんげー金持ってるしあの顔だから有名だね。あいつが来ると女の子は全員そっち行っちゃうからオレとしては来て欲しくないけど」

 落ち込んでいるあたしを最後は励ますようにおどけてみせる目の前の男は悪い奴と言うわけでもなさそうだ。



 少し恐怖心が薄れたあたしの目に飛び込んで来たもの、それはドラマなどでしか見た事のなかったキスシーンであった。しかも男の方は良く知る人物。

 「帝君・・・・」

 呆然と立ち尽くすあたしの視線を追った先の光景を見たのだろう。男はああ、と頷いた。

 「あいつまたやってるよ。モテる男も大変だね〜」

 それを聞いてはっとした。


 あれはやっぱりキスマークだったのだ。




 「・・・嘘・・・」    











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