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帝君と一緒に食事をするようになってから数日は学校で質問攻めに合う事を除くと平穏に過ぎていった。
ところがある日の夜、事件は起こったのだ。
その夜、あたしは珍しくなかなか寝付けなかった。明日も学校があるのだから早く寝なくてはいけないと思えば思うほど目が冴えてしまって何度も寝返りをうった後、意を決して体を起した。
軽く息をついた後、ベッドから出てバルコニーに続く大きな窓に近寄る。
ぼんやりと淡い光を発する庭園を眺めていると、目の端で何かが動いたのを捕らえた。
「何・・・?」
私達や客人が出入りする正門とは違い、使用人などが主に使う正門とは外れた、いわゆる裏門に続く細い道に人影を見たのだ。
使用人の誰かであろうか。だが、こんな時間に一体どこへ?
時計を見ると午前1時を指していた。こんな深夜に外へ出るなんて明らかにおかしい。
そっと窓を開けると夜風が入ってきて体に震えが走った。自分の体を抱き締めるように腕を回してバルコニーに出る。
じっと目をこらすと人影は一つなのが分かる。だが、まだ目が闇に慣れていないので人物は特定出来ない。しかも相手は背を向けているのでますます特定は難しくなる。
そうしているうちに影はどんどん遠ざかり、つい小さく声を出してしまった瞬間、まるでその声が聞こえたかのようにその人物が振り返った。
闇夜に浮かぶ白い貌。
夜風に舞う美しい黒髪。
黒曜石のように澄んだ瞳を細めて笑う。
不思議な事に鮮明に人物の顔が見て取れた。
なぜ・・・なぜ彼が?
「み、かど君・・・」
目が合う。だが彼は少し立ち止まっただけで、すぐにまた背を向けて門の外へ出て行ってしまった。
なぜこんな時間に一人で、とかどこに行くのだろうとか色々思う事はあったのだが、とにかくそのまま帝君を行かせてはいけないような気がしてあたしは急いで彼を追いかける。
自分がパジャマ姿である事が気になったが、着替えなどしていたら帝君を見失ってしまう。クローゼットから目に付いたカーディガンだけを羽織って部屋を飛び出した。
この何日間で屋敷を探索したおかげもあって迷わずに外に出られた。見付からないように足音を押さえての走りにかなりの体力を消耗したため息は乱れるが、休む間もなくあたしはまた走り出した。
走りながらある事に気付く。それは前にメイドさんが教えてくれた事だった。
夜間はセキュリティが機能しているので不審人物が少しでも近付いたらすぐに分かるのだ。だが、あたしは今外に出ているのにも関わらずセキュリティに感知されていない。それはなぜか。
だが、帝君も通っていたのだ。もしかしたら帝君が何かしたのかもしれないがあたしとしては都合が良かった。
やっとの事で門に辿り着き、左右を見渡して帝君の姿を探すが見当たらない。遅かったのだろうか。
がっくりと肩の力が抜けると同時にずっと走っていた疲れが押し寄せてきて、その場にしゃがみこむ。
そのまま乱れる息を整えていると、上から突然声がかかった。
聞き慣れたそれに慌てて顔を上げるとそこには求めていた人物が立っていた。
「帝君・・・」
優しげな笑顔にホッとしたのも束の間、少年の格好を見て言葉を無くす。
普段見た事もない胸元の開いた黒めの服。その胸元にはジャラジャラとした高そうな装飾品。
不審げに眉を寄せるあたしを前に帝君は表情一つ変えずに小首を傾げてみせた。
「どうしたんですか、茉莉さん。こんな夜遅くに危ないですよ」
「・・・帝君こそどうしたの?」
恐れるあたしの心中を知ってか知らずか美貌の少年はその作り物めいた笑顔をいっそう深くする。
「僕はちょっと用があって、これから出掛けるんです」
「一人で歩いて行くの?」
「まさか」
あたしの答えがよっぽどお気に召したのか大げさに体を折り曲げて笑う少年は一見いつもの帝君だが、雰囲気がまるで違う。他を簡単には寄せ付けない、むしろ恐怖を与える暗い空気を感じるのは気のせいだろうか。
何と言っていいものか戸惑っているとエンジン音と共にあたし達の横に見知った高級車が乗りつけた。
「帝様、そろそろお時間かと」
車から出て来たのは帝君専属の運転手さん。運転手付きと言う事は本当に何かの用事で出掛けるのだろう。
服装や時間帯など気になった事はあったのだが、とりあえず運転手さんの登場によって先程まで感じていた不安は一掃されていた。
しかし、いらぬ心配だったかと屋敷に帰ろうとしたあたしを帝君が呼び止めたのだ。
「茉莉さんも一緒に行きませんか?」
その時に少年が浮かべていた笑顔ほど不自然なものはなかった。
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