帝君とお茶を飲んでいてもあたしの頭の中はさっき見たキスマークらしきものでいっぱいだった。
 今はもう服で見えないのだが、ついつい目で追ってしまってその度に慌てて視線を逸らすので帝君の目にあたしはかなり奇妙に映っただろう。

 だが帝君は気にした様子もなく、柔らかな笑みをたたえながらお茶やお菓子を口に運んでいる。
 あまりにも絵になる姿にやっぱり育ちが違うんだと感じつつ、このまま無言なのも気まずいと思い、話題を探す。

 「き、今日はいい天気だね」
 「そうですね」
 「・・・・・・」
 「・・・・・・」

 他愛もない事から話を始めようと思ったが、見事に続かなかった。沈黙が二人を包むが、帝君は一向に気にしている様子はない。むしろ静かな時間を楽しんでいるようにも見える。

 もしかして帝君は一人が好きなのかもしれない。いつも家庭教師に囲まれているので貴重な一人の時間を大切にしているのだろうか。


 思えばあたしは帝君の事を何も知らない。帝君はいつも忙しくて話す暇もろくになかったが、それはただの言い訳に過ぎない。
 あたしは帝君に向き合おうとしていなかったのだ。始めから住む環境が違うのだと決めて掛かって知ろうとしなかった。帝君は初めて会った時からあたしを姉と呼んでくれたのに。

 「あの・・・ごめんね?」

 突然謝罪の言葉を口にしたあたしに、帝君は少々驚いた顔をした。

 「急にどうしたんですか?」
 「無理にお茶に誘ったりして・・・迷惑だったでしょ?」

 本当の理由はそれだけではなかったが、無性に謝罪がしたくなったのだ。

 帝君の顔をまともに見る事が出来ずに俯いて押し黙ったが、帝君が溜息を落としたのは聞こえた。

 やはり迷惑だったのだと落ち込んだが、無理に誘った事をもう一度きちんと謝ろうと顔を上げようとしたところにひどく静かな声が降り注いだ。

 「すみません」

 言いたかった言葉を思いがけず受けて、あたしは勢いよく顔を上げた。そして目に飛び込んできたのは困ったように微笑む少年の姿。

 「あなたにいらぬ心配をさせてしまって。僕は少しも迷惑だなんて思っていません、むしろ嬉しかったんです」
 「え・・・?」
 「僕はこんな風に誰かと食事をした事など無いに等しかった。だから何だか新鮮でついつい感傷に浸ってしまったんです」

 照れたように話す目の前の少年が自分よりも年下だったのだと改めて気付かされて驚き以上にホッとした気持ちが込み上げてきた。

 彼だって世間一般の15歳と変わらないのだ。

 そう思えたら気持ちがずっと楽になって、あたしは自然と笑みが零れた。それに気付いた帝君は不思議そうにこちらを見る。

 「ああ、ごめんね。何だか無性に嬉しくなっちゃって・・・」

 クスクスと笑うあたしにつられたのか帝君も段々と笑顔になっていった。









 ひとしきり笑った後、帝君が、
 「こんなに笑ったのは生まれて初めてかもしれません」
 と言ったので愕然とした。

 笑ったと言っても少し声を漏らしたぐらいで腹を抱えて大笑いしたと言うわけではない。
 彼は今まで声を上げて笑うような楽しい事がなかったのか。

 「帝君は誰かと遊んだりした事ってないの?」
 「一般的に言う遊びはないですね。パーティーなどは幼い時から多くありましたが」

 本日二度目の愕然をあたしはした。

 今の生活を見ていれば幼い時から家庭教師やなんやで忙しかっただろう事は予想がついた。だが・・・

 「まさか遊園地とか水族館とかも行った事ないの?」
 「ありません」
 「公園とかも?」
 「ありません」


 「・・・辛いと思った事はないの?」
 「ありません」

 きっぱりと断言されて戸惑った。反対に帝君は今まで見せた事もないくらい決意の篭った目をしていた。

 「僕は普通の人よりも恵まれた生活をしています。それは僕が桐堂家の次期社長と言う重い責任を担っているからです。多くの部下の生活を支えていくんですから多少の制限はされて当然だと思っています」



 恥ずかしかった。自分より年下の少年が自分の考えもつかないような事を考えていたなんて。そしてそんな少年に疑惑の目を向けていたなんて。



 きっとあれは虫刺されや痣か何かでキスマークではないのだろう。こんな立派な考えを持っている少年がそんな事をするはずないのだから。

 最後の靄が晴れて心が軽くなったあたしは帝君にある提案をした。

 「ねぇ帝君。今度から都合が合えば一緒にお茶したりご飯食べたりしようよ」

 素晴らしいアイディアだと話しながら思った。二人で食事をした方が一人よりも美味しく感じるだろう。何より帝君を楽しい思いにさせたかった。


 あたし達は義理とはいえ姉弟。姉であるあたしがしっかりしなくてはという自尊心がなかったと言えば嘘になる。


 兄弟が欲しかったあたしはやっと弟が出来たのだと言う思いで大切な事を見落としていたのだ。          











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