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「お帰りなさいませ、お嬢様」
ずらーっと並んだメイドさん達が作った小さな花道を歩きながら、あたしは桐堂邸に入った。
いつもより早く歩いて階段を上り、自分の部屋に辿り着く。
着替えを手伝おうとするメイドさん達を追い出して、思いっきりベッドにダイブする事があたしの日課であり、ささやかな喜びであった。
もうすぐお茶が運ばれてくるだろう。その次は夕食が。
考えて、あたしは頭が痛くなった。
確かにお茶も夕食も比べ物にならないくらい美味しかったが、一人でそれを食べるのは嫌だった。皆で食べた方が絶対に美味しいと思うのだが、明さんは外食が多いようであまり家にいない。ママもそれに付いて行っているようだ。
あたしが誰かとご飯を食べようとするなら、沢山いるメイドさんか帝君ぐらいなのだ。
もちろんメイドさんにそんな事を言っても無駄であると分かりきっているので、実質上は一人しかいない。
「でもなぁ〜・・・」
きっと帝君は笑顔で自分を迎えてくれるだろうが、その本心が本当にそうなのか分からない。迷惑だと思っていても帝君なら無理をして人に合わせかねないからだ。
それに、一人の食事が当たり前だと思っている彼にとってはひどく不自然な事に思われるかもしれない。
枕を抱き締めながら考え込んでいると、ふいにドアから遠慮がちなノックの音が聞こえた。
「お嬢様?お着替えはお済でしょうか?お茶をお持ちいたしました」
これにあたしは慌てた。制服姿でベッドに寝ているところを見られたら何を言われるか。
ちょっと待ってくださいと、出来るだけ平静を装って言った後猛スピードで着替えをする。
「ど、どうぞ」
「失礼いたします」
機械的に返事をして何人かのメイドさん達が入ってくる。そして素早くティーカップやお菓子などをテーブルに並べるとまた失礼しますと言って部屋を出て行こうとする。
あたしは思わず一番後ろにいたメイドさんの一人に声を掛けた。
「あ、あの・・帝君はもう帰ってきてるんですか?」
メイドさんは多少驚いた様子を見せながらも、振り返ってあたしに向き直った。
「まだですが、もうすぐお帰りになるかと思われます」
なぜそんな事を?そう思ってもあえて聞かないところがメイドさんのいい所でもあり悪い所でもあると思う。
「そうですか。ありがとうございました」
肩を落としたあたしを不審そうに見ながらもそのままお辞儀をして部屋を出て行ってしまった。
いつもこうだ。あたしはメイドさんとも仲良くなりたいと思っている。だが、メイドさんの方は絶対にそうさせてくれない。ただ機械的に世話をしてくれるだけなのだ。
こんな暗い気分のままで、とてもお茶をする気にはなれない。あたしは綺麗に並べられたそれらのものから目を離してバルコニーに出る。
綺麗に整えられた庭を何ともなく眺めていると、門から一つの車が入ってくるのが見えた。
「帝君だわ・・・」
どうしようか。思い切って誘ってみようか。
「よし!!女は度胸だ!」
寂しい生活を打破するためにはこれしかないのだから。
気合を入れて部屋を出る。帝君の部屋はあたしと同じ階だ。だが、何と言っても広い屋敷なのでちょっとそこまでと言うわけにはいかない。
少々迷いながらも帝君の部屋に辿り着く。ここまで来るのにメイドさん達の視線が痛かった。
深く深呼吸をしてノックをする。
部屋から返事が聞こえてあたしはゆっくりとドアを開けた。
「帝く・・・!!!?」
入ってすぐに飛び込んで来たのは男性の裸であった。いや、正確に言えば上半身だけでこちらに背を向けた状態だったのだが。
しかし、女子高育ちのあたしとしてはそれはかなりの襲撃で。後ずさって壁にぶつかったせいで帝君は何事かとこちらを見た。
「茉莉さん・・・!?」
帝君もかなり驚いたようだった。メイドさんかと思ったのだろう。
「ごめんなさい!着替え中だとは思ってなくて・・・あの・・」
「僕こそすみません。今服着ますから」
見ないように顔を伏せる。自分の顔が赤くなっている事は見なくても分かった。
「それでどうしたんです?何か御用ですか?」
急いで着たのだろう。乱れた薄手のシャツから鎖骨が覗いて、あたしはまた顔を伏せた。
「お茶・・一緒に出来ないかなって・・」
言った瞬間、帝君は意味を掴みかねたように固まったが、すぐに顔を綻ばせる。
「それはいいですね。ぜひご一緒させて下さい」
その言葉にほっとしてあたしはようやく顔を上げる事が出来た。
だが。
帝君の開けた胸元に小さな跡のようなものを見つけた。赤く虫刺されのようなそれ――
その時いつだったかクラスメイトが言っていた言葉を思い出した。
白い肌に映える紅。愛を刻むための儀式。
それは――――
キスマーク・・・・・?
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