朝にはメイドさんが部屋まで起しに来て朝食は何になさいますかって聞く。どんなものでも食べたいって言えば必ず用意される。

 それから専属のヘアメイクさんが髪をセットしてくれ、運転手さんが高校まで高級車で送り迎え。

 帰って来たらパティシエが作った最高級のお菓子と海外から取り寄せた貴重な紅茶で午後のティータイム。

 ディナーもやっぱりオーダーメイドでフルコースが出てくるのなんて当たり前。

 部屋に備えられている大理石のお風呂はいつでも好きな時に入れる。

 ベッドは女の子憧れの天蓋付きのお姫様風で、部屋には中世のアンティークで整えられている。


 星城学園に通う生徒は皆こうなのだろうかと思ったが、どうやら桐堂家は特別凄いらしい。

 明治から財閥のトップとして政界や財界に多大な影響を及ぼしてきて、政界を影で牛耳っているなどと言う噂もあるらしいが、これだけの力を持っているなら有り得るとあたしは思っている。

 また、桐堂家の人々は幼い頃から帝王学や外国語などの英才教育を受けている。星城学園も息子を通わせるために何代か前の桐堂家社長が建てたものらしい。

 名義での理事長は先代が亡くなった今は明さんなのだが、社長職で忙しいので他人に任せている。

 桐堂財閥と言ったら知らない人がいないくらい有名で、その中でも明さんは美形社長としてよく雑誌やテレビで取り上げられているらしい。
 あたしなんかとは住む世界がそもそも違う事を思い知らされた。






 「始めのうちはあたしだって新鮮で良かったんだけど、それが続くとうんざりしてきちゃって・・・」
 「どうして?」
 「何だかいつも見張られてるような気がして心が休まらないし、寝転んだりしてると注意されるし・・・」
 「大変ね・・・」


 お昼休みの屋上であたしと美子はお弁当を広げていた。あたしはと言えば購買で買ったサンドイッチを頬張っていた。
 シェフがお弁当を作ると言ってきかなかったが、そこは根性で乗り切った。どんな豪華な料理より、この200円ほどのサンドイッチがおいしく感じる。


 帝君が校門に現われて、あたしと連れ立ってどこかへ行った事は学校中が知っていて、教室にいると質問攻めに合うのでこうやって屋上に避難しているのだ。
 人違いだった、なんて言って誤魔化してはいるがやはり無理で疑いの目は強くなる一方であたしは心底うんざりしている。


 「しかもベンツで送り迎えされても迷惑なだけよ!こそこそ隠れて降りなきゃならないし」
 「ベンツ・・・」

 先ほどから美子はあたしの話に頷いたり問い返したりするだけで何だか上の空である。
 信じられないような話に驚いているのかと思っていたが、どうも様子が違う。

 「美子、どうしたの?」

 何か心配事でもあるなら話して欲しいと言う意味も込めたのだが、美子の口から出た言葉は全く予想もつかないものであった。

 「帝君って言うんだね・・・あの男の子」
 「・・は?・・そうだけど・・?」

 まさか美子から帝君、男の子の名前が出てくるなんて思ってもいなかったのでひどく曖昧な返事になってしまった。

 困惑するあたしとは逆に美子は帝君、と確かめるようにもう一度呟いて頬を染めている。

 只ならぬ様子に恐る恐る声をかけると美子ははっとしたようにこちらを見た。
 「何でもないの!ただちょっとカッコよかったから・・・」

 確かに帝君はカッコいい。あたしが見たどんな男の子よりも綺麗な顔をしている。
 美子はまた思い出しているのかポーッとしていた。男性嫌いの美子でも美形には弱いらしい。

 その時はまだその程度にしか思っていなかった。









 「お帰りなさいませ、茉莉様」
 「はい・・・ただいま」

 模範的なお辞儀をして後部座席のドアを開けてくれる運転手の佐々木さんは50代のナイスミドルだ。あたしなんかの送り迎えを主なお仕事にしているようで、あたしとしては何だか照れくさい。

 何度も何度も送り迎えはいい、ベンツはやめてくれと言っているがきいてくれない。明さんからの言い付けを守っているようだが、あたしを心配して言ってくれているところもあって、いい人と言う認識があたしの中であった。

 車に乗り込んで外の景色を見るのが日課だ。楽しそうにパフェを片手に持って話す女子高生達。少し前まであたしもあの中にいたのだが、今となっては懐かしいものとなっている。

 寄り道が禁止されているわけではないが、佐々木さんの迷惑を考えると出来なかった。




 お姫様のような生活に憧れていたが実際はそんなにいいものではなかった。生活環境は上がったが、その分自由が減ったような気がする。

 帝君を見ていると本当にそう思う。家にいても専門の先生がついて何かかしら勉強している彼はそんな生活に不満を感じていないのだろうか。
 一回それとなく聞いてみたが、笑ってありませんと言った彼の笑顔が印象的であった。



 帝君は時折遠くを見つめていたり、笑顔に陰りが見える時があった。
 彼にはあたしには計り知れない何かがあるのかもしれない。


 ぼんやりと景色を見ながらあたしは思った。  











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