12
視界は布団に囲まれて真っ暗闇。上にはおそらくあたしがこんなになっている元凶の悪魔がいるだろう。
暴れるだけ暴れまわって、もう体力はゼロ。
動かなくなったあたしに何を思ったのか、悪魔はよからぬ事をして来た。
「え、ちょっ・・・やだ!!」
ぎょっとしたのも当然だ。悪魔は突然布団の中へと手を伸ばして来たのだから。
「変態!痴漢!触らないでよ!!」
火事場の馬鹿力を発揮して精一杯の抵抗をすると、突然視界がひらけた。暴れているうちに頭から被っていた布団が取れたらしい。
だから帝君の溜息がリアルに届いたのだ。
「このくらいの事で騒ぐなよ、ガキじゃあるまいし」
「なっ・・・!!」
何よこいつ、何なのよ一体!!
怒りと羞恥で頬が熱くなるのが分かる。それはきっと悪魔も気付いただろう。
呆れたようにあたしを見た後、ゆっくりと体を起してベッドから降りる。
「冗談に決まってんだろ。俺だって女の趣味はある」
開放された事に安堵していたせいで悪魔の言葉を理解するのがワンテンポ遅れた。
「!・・・ちょっとそれどう言う意味よ!!」
「あんたが思ってる通りの意味だよ。それとも何?続きして欲しかったわけ?」
「そっそんなわけないでしょ!!!」
叫んで近くにあった枕を奴に投げつけたが、あっさりと受け止められてしまった。それがますます悔しくて、あたしは少し泣けてきた。
だが悪魔は目の前で乙女が涙しているのにも関わらず顔色一つ変えないで、枕を放り投げて来たのだ。
「これで分かっただろ」
そっけなく言って、用は済んだとばかりにドアに向かう彼をあたしに出来うる最大の形相で睨んでいたら、あと一歩でドアってところでピタリと止まった。
もしかしてこの睨みに気付いた!?
彼の背中に目がある訳でもないのに、あの悪魔ならあり得るなんて思ってしまい、何かされるんじゃないかと再び布団を手繰り寄せる。
だが予想に反して少年は立ち止まっただけで、こちらに何かしてくる様子は微塵もない。
不審げに首をかしげた時だった。
「おい」
「はい!?」
急な事で反射的に返事をしてしまった。こんな奴無視してやればいいのに。
「あんた、星城学園に来るんだってな」
「え?うん・・・まぁ・・・」
「やめとけ」
「!?」
「あんたにあの学園は無理だ」
その瞬間、初めて怒りに体が震えた。
何でこいつにこんな事言われなくちゃいけないわけ!?あたしがどれだけ悩んだと思ってるのよ。
ああ、まずいわ。今日の出来事の記憶が一気に押し寄せてきてどうにかなりそう。
美子と喧嘩した事も誘拐されそうになった事も空が青いのも全部こいつのせいだって思えてきた。
言い返してくると思った相手が静かな事に驚いて振り返った帝君の目に飛び込んで来たのは、おそらく想像を絶する顔をしたあたしだったろう。
「お前・・・」
「・・・出て行って」
「あ?」
「出て行ってよ!!あたしの前から消えて!!」
泣き叫んで、今度こそ力いっぱいに投げた枕はあたしの心みたいにドアにぶつかって、あっけなく地面に落ちた。
気まずい沈黙が広い部屋を包み込む。
その間、あたしはひたすら下を向いて災いの元が去るのを待った。
だが、災いの元は立ち去る所かあろう事かこちらに近付いてきたのだ。
内心はビクビクだったが、女の意地でそれを表に出さずに気丈に振舞おうとしたが肩が震えている事は分かっていた。
足音が止まる。視界に少年の足先が入ってきて自分の目の前まで来ている事が分かった。
やだ・・・!!
ポスッ。
・・・え?
目を閉じたあたしの上に何か柔らかい物が降って来て手元に落ちる。
「枕・・・」
先ほどは放ったくせになぜ今はわざわざ持って来てくれたんだろう。
ぼんやりと柔らかなそれを撫でていると静かにドアの閉まる音が聞こえてきた。
「あ・・・」
そこで顔を上げたが見えたのは物言わぬドアだけだった。
本当に何のために来たんだろう。嫌味や嫌がらせをするためだけだったのなら本物の悪魔決定だ。
でもその悪魔にも感謝しなくてはいけない事が出来た。あいつのおかげでふっきれたのだから。
”あんたにあの学園は無理だ”
負けず嫌いのあたしを奮い立たせるには十分な言葉だ。
見てなさいよ、無理なんて二度と言わせないから。
その後、帝君の言葉の本当の意味を身を持って知る事になろうとは夢にも思わなかった。
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