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 ママの涙ながら(但し嘘泣き)の説明によれば、明さんは主に海外を拠点にして仕事をしているらしい。この数ヶ月は珍しく日本の本社に来ていたらしいけれど、それももうすぐ終わって海外に戻るとか。

その海外も色んな所を飛び回るから一つの所にいる事は無く、学校とかを考えると子供は連れて行けないらしい。

 いくらなんでもあたしだって突然留学なんてしたくないし、海外に一人暮らしなんて無理だ。
 桐堂家では高校までは日本の学校に通う事が慣わしらしくて、あたしも桐堂家に入ったわけだからそれに従わなくてはいけない。

 そう言う事で、あたしには帝君と同じ星城学園に通ってもらった方が何かと都合がいいのだ。ママとしてもあたしの我侭で他の学校に行っている事を明さんに申し訳ないと思っているのかもしれない。

 あたしはそんな事気にしないけれど、仮にも桐堂家の人間がって思う人は結構いるようだ。ママも色々言われたのかもしれない。

 あたしのせいでママに嫌な思いをさせたくはないし、ちょうど高校に行くのも憂鬱になっていたからいい機会かもしれないと今はそう思っている。








 ごろりと寝返りを打って豪勢な天井に目をやる。

 「美子・・・」

 このまま転校してしまえばもう会えなくなるだろうか。気まずいままの別れなんて嫌だ。

 星城学園に行くって言ったらママも明さんも喜んで、来週にもって張り切っているのであの高校に通うのもあと少し。

 中学校の卒業式みたいにしんみりとした気持ちになって、また体の向きを横にする。

 そんな風に考え事をしていたから気付かなかったのだ。誰かが部屋のドアを開けてあたしの背中を見ている事に。


 「さっきから何ごろごろしてるんですか」
 「!!」

 勢いよく起き上がってから、恐る恐るドアの方に目を向ける。
 目で見なくても誰なのかは分かっていたが、無視して寝続ける度胸は今のあたしにはない。皆無だ。しかも相手が――

 「・・・何か用?帝君」

 久しぶりに直視した彼は相変わらず綺麗で妙に腹が立った。
 ちらりと視線を下げると、寝巻き姿だったので意外に思ってつい口に出してしまった。

 「今日は女の子達と会わないの?」

 言ってからしまった、と自分の失言に気付く。帝君は少し驚いたような表情をしたがすぐに笑みを顔に乗せた。

 「気になるんデスカ?義姉さん?」

 うっ。彼があたしを義姉と呼ぶ時はこんな風にからかう時が多いのは気のせいではないはずだ。完全に馬鹿にされている。

 「そんなわけないじゃない!!」

 むきになったら負けなのは分かってはいるのだが、カッとなりやすい所は直しようがないと思う。
 案の定馬鹿にされたように笑う少年を見て、段々と頭の中に疑問符が浮かび上がってきた。

 本当に何をしにここに来たんだろう。悪魔の正体を知ってからは話す事も顔を合わす事も全然なかったのに。
 しかも彼はあたしをうざいと思っているらしいので、自分からうざい相手に会いに来た意味が分からない。

 考え込んでいる間に何時の間にやらベッドの傍まで来た帝君はすっとその目を細めた。

 「あんた、誘拐されそうになったんだってな」
 「へ?」

 ここにやって来たのはそのため?でも無事だったわけだし、帝君にしたら全く関係ない事なんじゃないか?

 「とろいんだよ、あんた。誘拐してくれって言ってるみたいなものだ」

 心配してくれたのかも、なんて思った自分よ、さようなら。この悪魔にそんなものを期待した自分はまだ過去の天使を忘れていないためだろう。

 わざわざ嫌味を言いに来たのか。でもこの悪魔ならやりかねない。

 しんみりとした気持ちなんて宇宙の彼方に飛んで行って、代わりに怒りの流星群が到来した。

 「とろくて悪かったわね!もしあったら、次は返り討ちにしてやるわよ!!ひ弱な坊ちゃんと違って鍛えてるから!!」

 言い終わる前からどんどん顔が無表情になっていっている。その後に待っているだろう冷たい眼を直視する気などさらさらない。

 言いたい事を言うと、あたしは布団を頭から被って彼に背を向けて横になった。
 もう話す事はないと言う意思表示は伝わるはずだ。いい逃げのようで嫌な気もするがこの際仕方ない。

 後はもう彼が部屋を出て行くのを待つだけだ。何を言ってこようが無視していればそのうち諦めるだろう。


 ホッとして体の力を抜いた時だった。

 「!?」

 何・・・!?

 上から何かに押さえつけられている。驚いて体を動かそうとしたが、包まれた布団にも阻まれて上手くいかない。

 そのうちに布団越しに耳元で囁かれた言葉にあたしは初めて男と言うものに凍りついた。


 「俺が本当にひ弱な坊ちゃんかどうか見せてやるよ」  











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