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次の日から学校へはきちんと行ったけれど、やっぱり休めば良かったと心底思った。
あたしが行くとすぐに女子生徒達が帝君のニュースについて尋ねて来る。その大半が婚約者についてだった。
そんな事はこっちが聞きたいくらいなのに。皆に聞かれるたびに、あたしは帝君から何にも教えてもらってないって言う事実を思い知らされるから、とても辛い。
だから、昼休みには教室から逃げ出した。あたしが教室以外で行く所なんて最初から決まっていたけれど。
「・・・流架君?」
音楽室からは聞きなれたヴァイオリンが聞こえて来たので、そっと声を掛けてドアを開けた。
室内には予想通り、流架君が優雅にヴァイオリンを奏でていた。ドアに背を向けて弾いているのであたしが入って来た事に気付いていないみたい。
途中で演奏を止めるのも気が引けて、そっと近くの椅子に座ると、久しぶりに彼の演奏に耳を傾けた。
今弾いているのは彼のオリジナル曲じゃなくて、どこかで聞いたようなクラシック曲だ。
目を閉じて、心地よい音色に聞き入っている内に演奏は終わってしまった。思わず拍手をすると、流架君は肩を揺らして振り返った。
「ま、つり・・・いたの?」
「うん。流架君の演奏に聞き入ってた。昼休みの間、ここにいていいかな?」
「・・・教室、いや?」
努めて明るく言っても、流架君は心配そうに首を傾げ、ヴァイオリンをしまった。
「嫌って言うか、帝君の事で質問攻めにされるのに疲れただけ」
「・・・質問・・・テレビ、のこと?」
「そう。あたしに聞かれても困るのにね〜何にも知らないんだから」
明るく言って笑ったはずだったが、あたしの笑顔に流架君は顔を曇らせた。どうやら上手く笑えていなかったみたい。
「あいつ、ちゃんと聞いた?」
「電話が繋がらないの。記者会見もあるみたいだし、忙しいんじゃない?」
ついつい投げやりになってしまう。今日も電話をかけてみたが、やっぱり繋がらなかった。電話に出る事も出来ない状況ってどう言う事なんだろう。
「どうせあの可愛らしいお嬢様と仲良くやってんのよ。もうあんな奴知らない」
昨日のママとの一件で、不思議とあたしの心は軽くなっていた。もうウジウジ悩む事は無くなって、代わりに湧き上がって来たのは、帝君に対する怒りだった。
だって、最低じゃない?大丈夫みたいな事を言いながら、婚約者騒動なんてふざけてる。その上あたしに何の連絡もしないなんて。普通の恋人同士だったら彼氏の浮気疑惑で彼女がぶち切れるところだよね。
泣き寝入りなんて、あたしらしくない。帝君が別れたいって言っても簡単には別れてなんかやらないんだから。
密かにたくらみを巡らせていると、突然制服のポケットに入れていた携帯がけたたましく鳴り始めた。
「ちょっとごめんね」
流架君に断りを入れてから、慌ててポケットを探る。
取り出して画面を見ると、思った通りの名前が表示されていた。
「もしもし」
すぐ近くに流架君がいるのがとても気になったけど、これを逃したらまた連絡が取れなくなるんじゃないかと思ったのですぐに通話ボタンを押した。
「茉莉?」
耳元で帝君の声がして、自然と心臓が高鳴った。それほどでもないのに、何だか随分久しぶりな気がする。
「・・・うん」
ずっと電話が繋がったら問い詰めてやろうとか、罵ってやろうとか考えていたのに、いざこの瞬間には何も言葉が出てこない。
「悪いけど、時間が無いから用件だけ言う」
「え?」
「来週の記者会見に来て欲しいんだ」
ママと同じ事を当たり前のように言う彼に、言葉を失う。
何も言わないあたしに、しかし帝君は本当に時間が無いのか気にせずに早口に言葉を続けた。
「その時に全てはっきりするから、茉莉には必ずその場にいて欲しい」
「何それ?どう言う事?もっと他に言う事があるんじゃないの?」
ニュースについての弁明の一つもないなんて、あれを知らないわけないのに。
あたしの怒りと戸惑いは帝君ならすぐに分かるはずなのに、それでも彼は、
「本当に時間が無いんだ。とにかく会見に来て。じゃぁ」
つれなく言うと、電話を一方的に切ってしまった。
「・・・・・・」
耳元で空しく響くツーツーと言う不通音。しばらくあたしは呆然とその音を聞いていた。
傍で見守っていた流架君が心配そうにこちらを窺っていたが、彼を気にかける余裕も無い。
しばらくしてから電話を切って、携帯を握り締めたあたしは一つの決心をしていた。
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