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「・・・ほんと、いいの?」
何度も何度もそうやって聞いてくる流架君に、あたしはイライラしながら頷いた。
「いいの!絶対に行かないって決めたんだから」
「でも・・・」
「あんな奴、勝手に記者会見でも婚約発表でもすればいいのよ!あたしには関係ないし!」
半ばやけになって、人で込み合う日曜の交差点を足早に進んで行く。
今日は帝君の記者会見の日だった。ママにも帝君にも来るようにと言われたけど、あたしは決めたんだ――絶対に行かないって。
「誰が行くもんですか!勝手な事ばっかり言って・・・!」
家にいるとママに無理やり会場に連れて行かれるので、こうして外に逃げている。流架君はそれに付き合ってくれて・・・相変わらず優しくて彼に甘えてしまってる。
でも、流架君は会見場に行くべきだと何度も説得してくる。今だって・・・言われると決心が鈍りそうになるのを知ってて言うのだろうか。
本当は帝君がどんな事を言うのか、何をはっきりさせるのか、すごく気になってる。でも、彼に従うのも癪に障る。あたしがあんなに苦しんだんだから、少しくらいは困ればいいんだ。
交差点を渡り終えて、人込みを避けるように道の隅に寄って流架君を待つ。彼はこう言う場所に慣れていないのか、向かって来る人を避けるのに必死になりながら渡っていた。すれ違う人の誰もが彼の美貌に目を丸くしているのに苦笑する。
「ふぅ・・・」
「人に酔った?どこかでお茶でも飲む?」
ただでさえ白い顔が雪のように感じられて、提案をする。今日は特にどこに行くとかは決めていなかった。とにかく家から出たかったんだ。このままカフェで会見が終わるまでのんびりって言うのも悪くない気がする。
「ね、そうしよう。この近くに美味しい紅茶を出すお店があるって・・・」
「あ、ねぇねぇあれ見て!」
あたしの隣にいた女の子が興奮したように声を出したのに気を取られ、思わず彼女の指差す方に目を向けてしまった。
「・・・あ」
目の前には大型スクリーン。いつもは音楽とかCMとかが流れているそれに、映し出されるのは――
「あれって桐堂帝でしょ?本当にカッコいいよね」
「今日記者会見するんでしょ?財閥の御曹司であの顔って反則だよねー。私もあんな人と結婚して玉の輿に乗りたいー」
「あはは。無理無理。あの人、婚約者いるんだってーそれも美人なお嬢様!やっぱりうちらとは世界が違うって」
それはごく普通の女の子達のごく普通のおしゃべりで。あたしが彼女達の立場なら同じ事を言ったかもしれない。
彼女達にはそんなつもりはなくても、その言葉にあたしは少なからず傷付いていたけど、やっぱりって言う思いの方が強かった。
帝君はすごくカッコ良くて、大財閥の御曹司で・・・普通なら雲の上の人だ。そんな人にお似合いなのはやっぱり同じ雲の上の女性なんだろう。
分かっていても、あたしは帝君と別れたくない。彼のためには義姉に徹するべきかもしれないけど、もうそんな事不可能なんだ。
これから始まる記者会見で何を言うのかは分からないけれど、最悪の結果も覚悟しないといけない。
「・・・茉莉・・見て、だいじょぶ?」
突然口を閉じてスクリーンを睨みつけるあたしに、流架君もスクリーンを見つめながら言った。
「う、ん・・・本当は見るつもりなかったんだけどね」
だけど、一度見てしまったらもう無視は出来なかった。今すぐカフェに行ったとしてもきっと会見が気になって仕方がなくなる。
交差点を歩いていた人の中にも会見を見ようと立ち止まってスクリーンに目を向ける人が何人もいた。ミーハーな女の子ばかりではなく、難しそうな顔をしたおじさんとかもいて、改めて帝君に対する社会の注目度を思い知った。
映像では、黒いスーツを着た帝君が一礼をしていた。椅子に腰掛けると物凄いフラッシュが彼を襲う。だけど、帝君はそれにしり込みする事も無く、その秀麗な顔で真っ直ぐに会場を見渡していた。
ようやくフラッシュが収まってくると、司会の男性が記者会見の内容などを説明し始める。
『本日は桐堂財閥の後継者としての決意表明と最近テレビを騒がしている噂の真相を述べられます』
テレビを騒がしている噂とは、当然美浜グループの令嬢との婚約についてだろう。むしろ会見にいる記者達はそちらに興味津々の様子だ。
帝君は目線を下に落とし、一度小さく息を吐き出すと、再び顔を上げた。その瞬間、目が合った、と思った。
彼は決してあたしを見ているわけではなく、カメラを見ているだけなのに、何だかあたしは妙に落ち着かない気持ちになった。彼があたしがここにいる事を咎めているように感じたからだ。
もやもやしたものを感じながらも気のせいだと思い直し、改めてスクリーンに目を向ける。
この会見があたしの今後を左右すると言っても過言ではない――そんな運命の会見がまさに今、始まろうとしていた。
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