11
彼が最初に何を言うのか――それを誰もが聞き逃すまいと固唾を呑んで見守る。
スクリーンを通しても伝わって来る張り詰めた緊張感に自然と体を硬くしながら見つめる先にいる帝君はゆっくりと口を開いた。
『僕は今まで財閥を本気で継ぐつもりはありませんでした』
唐突な帝君の告白に会場内がにわかにざわつく。後継者の決意表明の場でまさかこのような始まり方をするとは誰も思っていなかったのだ。
『幼い頃に色々ありまして、むしろ財閥を憎んですらいました・・・ですが、今は違います。思いがけず一つの会社を任されて、経営の難しさを知り、そして財閥の存在意義を知りました。財閥に何かあれば、それに組する会社全てに影響が出、ひいてはその会社に勤める人間とその家族が被害を被ります』
帝君は何かを思い出しているのか、一旦言葉を切り、少しだけ俯いてから、再び顔を上げた。
『本当はまだ財閥に対してのわだかまりはありますが、財閥を支えてくれる多くの人々のお役に少しでも立ちたいと思っています。僕はまだ子供で未熟な点も多いですが、これから先多くの事を多くの人から学び、いつか財閥を継いで、お世話になった方々の恩返しが出来れば、と考えております』
言い終わると、帝君は柔らかく笑んだ。それは、彼がテレビの前で見せる初めての本当の笑顔だった。いつもの仮面を外して、心の底から笑った彼にその場の誰もが魅せられる。
記者の人達もしばらくぼんやりしていたみたいだったけど、すぐにフラッシュが彼を襲い、質問が四方から飛び交う。
『幼い頃に一体何があったのですか?』
『どうして会社を任される事になったのですか?』
主な質問はこの二つだった。帝君はこの質問に少し困ったように眉を寄せた。
『申し訳ないのですが、そこはプライベートですのでお答えする事は出来ません』
静かに答える帝君にあたしは思わずスクリーンに向かって問いただそうとしてしまった。帝君が財閥を憎んでいる理由、まだ聞いていなかったから。
きっとすごく重要な事だと思うのに、タイミングを逃して今まで聞けずにいた――あたしは一体帝君の何を知っているんだろう。
仮面を取った素顔を見たからって全てを知った気になってたんじゃないか。なぜ彼が夜遊びしていたのか、財閥を憎んでいるのか、幼い頃に何があったのか・・・あたしは全く知らない。いや、知ろうともしなかったんじゃないか。
恋人になるまでに色々あって、なってからもやっぱり色々あって・・・全然お互いについて話した事無かった。彼についてあたしが一番知っていたいのに、知っていなきゃいけないのに。
それなのに・・・なんて情けない。
自己嫌悪と後悔で項垂れるあたしに帝君の澄んだ声が降って来る。
『ただ一つ言えるのは、僕がこのような思いになれたのは、ある女性のおかげだと言う事です』
・・・え?
反射的に顔を上げるのと、記者の人達が色めき立つのとはほぼ同時だった。
今回の会見のメインとも言える話に、記者達は口々にその女性について尋ねる――その女性とは、噂の美浜沙耶香さんなのかと。
その問いに帝君は柔らかく笑んで見せた。その笑顔はまるで質問に肯定しているようで、一瞬目の前が真っ暗になった。
『美浜さんは良き友人であり、気心の知れた幼馴染です』
帝君のこの言葉でようやく我を取り戻した時には、あたしはふらついていたらしく、流架君に体を支えられていた。
「流架君・・・ごめん、ちょっと立ちくらみがして」
「・・・あいつ、信じる」
「え?」
言われた意味が分からずに見上げると、彼の色素の薄い茶色の瞳が強い光を湛えてあたしを見つめていた。
あぁ、そうか。
「・・・うん」
それだけで、彼が何を言いたいのかが分かり、大きく頷くと自分の足でしっかりと立ち、再びスクリーンへと目を向ける。
すると、あたしがそちらを見るのを待っていたかのように、帝君はカメラを真っ直ぐにとらえると、ふいに目を細め、
『茉莉、聞いてんだろ』
ニヤリ、と悪魔の笑みを浮かべた。
BACK NOVELS TOP NEXT