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 『この会場に来いって言ったのに、いい度胸だ』

 砕けた口調に人を小馬鹿にするような顔――突然人が変わったような帝君に、あたしだけでなく記者達もまた呆気に取られていた。

 『来なかった事を死ぬほど後悔させてやるからな、覚悟しとけ』

 ドスのきいた声で言うと、静まり返った会場を見回して爽やかに微笑んだ。

 『失礼しました。今のは私信ですので気になさらないで下さい』

 だが、それで大人しくするような人ならば記者になっていないだろう。一瞬の静けさの後、会場は物凄い喧騒に包まれた。

 必死に司会の男性が静粛を促すが、全く効果はない。ついに一人の記者が帝君ににじり寄り、声高に叫んだ。

 『茉莉さん、とは一体どなたなのですか!?』

 その一言で、会場は水を打ったような静けさを取り戻した――皆が帝君の答えを固唾を飲んで見守っている。

 帝君はゆったりと質問をした記者に目を向けると、とろけるような笑みを見せた。

 『将来、妻にと考えている人です』


 その後はもう最悪だった。話は一気に茉莉、つまりあたしの事へと移っていく。
 あたしの正体を必死に暴こうとする記者達だったが、すぐにその名前にピンときたみたいだった。

 『茉莉さんと言うと、最近御影流架さんと噂のあった帝さんの義姉さんなのでは!?』

 ついに正体のバレたあたしはと言うと、スクリーンの前で一人パニックになっていた。

 こんな全国ネットで、公衆の面前で、何?こんな事したら後がどうなるか分かってないはずないのに・・・まさか、最初からこのつもりで?

 いや、でもまだ誤魔化せる。茉莉は義姉ではなく別人、とか全て冗談だったとか何とでも言いようがあるはず。

 何とか誤魔化すのよ、帝君!

 そう願いを込めて見上げた矢先、彼は見事にあたしの期待を裏切ってくれた。

 『はい、桐堂茉莉さんは父の再婚相手の女性の連れ子・・・つまり僕の義姉にあたります』

 いっそすがすがしいほどに言い放った彼の綺麗な顔を今すぐに殴りつけてやりたい。

 だが、あたしの怒りを知ってか知らずか帝君は、

 『彼女は僕にとって義理と言えども姉と言う立場ですが、血が繋がっていないので、結婚には問題ありませんよね』

 再びとんでもない発言をする。

 今度こそ眩暈を覚えてこめかみを押さえていると、流架君がその薄茶の瞳に楽しげな光を浮かべながら耳元で囁いた。

 「あいつ・・・やる、ね」
 「え?何が?」
 「カメラ、ある・・・なのに、プロポーズ、した」
 「・・・・・・へ?」

 ぷろぽーず・・・?プロポーズって・・・結婚を申し込む、あのプロポーズ?

 「・・・あいつ、茉莉に・・・した、よね今」

 不思議そうに確認する流架君にハッとしたあたしは漸く気付く事が出来た。

 将来妻にと考えている人――彼はあたしをそう説明した。それって言葉通りの意味だよね?そうだとしたらつまり・・・。

 「っ!!」

 自覚した瞬間、心臓が大きく脈打ち、顔は火がついたように熱くなった。
 帝君の言葉をよく考えずに、焦ってばかりいたから全然気付かなかった・・・帝君があたしに・・・なんて。

 だから彼はあたしに会場に来るようにと言ったんだ。それなのにあたしは疑って、怒って、諦めようとして・・・何て愚かなんだろう。

 「・・・こっから、地下鉄、4駅目」

 自己嫌悪から唇を噛み締めるあたしの背中を流架くんがそっと押した。

 「流架君・・・あの・・・」
 「何、してる?・・・あいつ、待ってる。早く」

 今度は強く背中を押されて、自然と足が動き出す。

 「・・・っ、ありがとう、流架君!!」

 最後に彼に精一杯のお礼を言って駆け出したあたしに流架君が何か言ったみたいだったけれど、それはとても小さな声で、しかもフランス語のようだったので、あたしには彼が何を言いたかったのか分からなかった。  











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