その日、あたしは学校を休んで朝からずっと部屋に引きこもっていた。朝食も昼食も食べようとしないあたしにメイドさん達は心配そうにしていたが、とにかく一人になりたかった。

 そんな傷心なあたしの元に久しぶりにやって来た人がいた。

 「茉莉ちゃん!具合が悪いって聞いたけど、大丈夫なのぉ?」

 この、甘ったるくて甲高い声の持ち主は一人しかいない――ママだ。

 「・・・何しに来たの?」

 ベッドの上で布団を被っていたあたしは、少しだけ顔を覗かせてそう聞いた。我ながら冷たかったような気がしたけれど、今はママを気遣う余裕なんて全く無いから。
 ママはあたしの態度にショックを受けたのか、大げさに嘆きながらベッドに近付いて来る。

 「そんな冷たい言い方しなくてもいいじゃないのぉ。茉莉ちゃんがずっとご飯も食べずに部屋にいるって聞いて心配になって来たのよぉ?」
 「今まで放って置いたくせに」

 さっきよりもかなり冷めた声に自分でも驚いた。だけどもう止まらない。
 悩んで、泣いて、パンク寸前の今のあたしはきっと誰かに会えば八つ当たりしてしまうって分かってたのに。

 「自分は明さんと楽しく過ごしてあたしの事なんか考えてもいなかったでしょ。今更心配だとか母親面しないでよ」

 苦しい時、傍にいてくれなかったくせに。あたしが何に悩んでいるのかも考えてみた事すらないんだ、きっと。

 言ってしまってから僅かに罪悪感があったけれど、あたしは何も間違った事は言ってない。ママは再婚してから一度もあたしに母親らしい事をしていないんだから。

 「出てって。もう・・・放っておいてよ!」

 これ以上はもっと酷い事を言ってしまいそうになるから一人にして欲しかった。誰かに八つ当たりをして余計に惨めになんてなりたくないのに。

 そんな思いを込めて布団を再び引き被ってママが出て行くのを待っていたのに、布団の中から近付いて来る足音を聞いた。

 「ママはきちんと茉莉ちゃんの悩みを分かっているつもりよ」

 常の甘ったるい声とは違う、聞いた事のないような硬い真剣な声。あたしの悩みを分かっているって・・・どう言う事?
 かなり気にかかったけれど、放っておいてと言った手前素直に聞くのも気が引けて、そのまま黙っていると、ママは静かに話し始めた。

 「でも、確かに茉莉ちゃんの言う通りね。母親失格だわ。茉莉ちゃんはしっかりしていてきっと大丈夫だと思っていたの・・・あなたはまだまだ子供なのにね」
 「ママ・・・」

 思わず出た呟きは外には漏れず、布団の中だけで静かに響いた。ママは布団越しにあたしの背中を撫でながら続けた。

 「ママの知ってる茉莉ちゃんは明るくて活発で・・・でも繊細で臆病なところもあったわね。だけど、こんな風にいじける子じゃなかったはずよ?」
 「・・・」
 「とにかく今はきちんと食事をして学校に行く事。来週には帝君の記者会見をその場で見届けないといけないんだから、病気になんてなれないのよ」
 「え?」

 ママの暖かい手で撫でられて、少し心が落ち着きを取り戻して来ていたのに、再び頭が混乱していく――ママは今何て言った?

 「帝君の記者会て・・・」

 気付いたら布団から飛び出していたけれど、もうかまってなんかいられなかった。

 「行くの?その会場に?」
 「ママも明さんも行くのよ。義姉であるあなたも来ないといけないわ。帝君の決意を家族がブラウン管越しに聞くなんて駄目よ。」
 「家族・・・」
 「記者会見場には屋敷から車で一緒に行くからそのつもりでいてね」
 「へ?」
 「じゃぁね、茉莉ちゃん。ちゃぁんとご飯食べるのよぉ?」

 焦るあたしをよそにママはコロッと態度を変えると普段どおりニコニコと笑って部屋を出て行ってしまった。
 あんなに出て行って欲しいと思っていたけれど、今はまだ聞きたい事が山ほどあったのに・・・。

 ママは何かを知っている風だった。あたしの悩みを分かるって言ってたし、何か含みのある言い方が妙に気にかかる。

 「家族、か・・・」

 もう一度ママの言葉を反復してしまう。そうだ、あたしと帝君は義姉弟の関係なんだ。義姉として義弟を傍で見守る事をママは望んでいるんだ。

 でも、もう無理。義弟の婚約者かもしれない人にこんなにも嫉妬する義姉なんていないよね。義弟を誰にも取られたくないなんて義姉が望む事じゃないよね。

 「記者会見なんて・・・」

 帝君にふられるかもしれないそんな会見、行きたいわけない。でも、ママは一度言ったらきかない性質だからあたしがどんなに嫌がっても連れて行くんだろうな。

 考えただけでもう溜息しか出てこなくて、あたしは再び布団の中に潜り込んだ。











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