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流架君はまず「良かった」と言ってくれた。
こんなに振り回して勝手な事をしたのに、心からあたしと帝君の事を喜んでくれた。
別れちゃえ、なんて冗談めかして言ったけれど、あたしが幸せなら何でもいいって言った彼の言葉に涙が出た。
改めて、彼を好きになって良かったと思った。あたしの初恋は間違いじゃなかったんだって。残念ながら初恋は実る事は無かったけれど、流架君は帝君とは違う意味で大切な存在だ。
久しぶりに、心の底から笑う事が出来た。それは泣き笑いだったけれど、とても幸せな気持ちになった。
このまま待っていれば全て上手く行くはずで、帝君との幸せな未来が訪れるって信じてた。
なのに、あたしの淡い希望と笑顔はいとも簡単に壊れてしまった。
あの一件から僅かに3日後、ようやく太陽が顔を出した頃、携帯の着信メロディがけたたましく鳴り響いた。
まだ起きる時間には早くて、深い眠りの中にいたあたしは無理やり覚醒を促されて、イライラしながらも携帯を手にした。誰から、なんて考えてもいない。
「・・・何?」
もしもし、なんて言う元気も無く不機嫌丸出しの声で言うと、
「茉莉?テレビ、付けて」
それは流架君だった。珍しく焦った彼の声で嫌な予感を覚える。
デジャヴだった。帝君にもこんな風に起こされてテレビを付けろって言われた事があった。そして、そのテレビから歯車が狂い始めて・・・。
「な、んで?」
出来る事なら付けたくないんだけど、流架君はなおも早く、とあたしを急かす。
仕方なくテレビを付けてチャンネルをかえていくと、すぐに流架君が何を見せたかったのかが分かった。
「これは・・・」
「・・・茉莉、知って、た?」
思わず漏れた声に電話口で流架君が気遣わしげに囁いた。だけど、彼の問いに答える余裕などあたしには無かった。
「桐堂財閥の御曹司、桐堂帝の婚約者、ついに決定・・・お相手は美浜グループの令嬢、美浜沙耶香さん・・・?」
テレビに大きく映る人物と文字が目に焼きついて離れない。
スーツ姿の帝君と、おそらく美浜沙耶香さんだと思われる美少女が仲良さ気に話している写真。
彼女は貿易を中心として富を築いた美浜グループの次女で、現在帝君が社長をする会社とも関係があると言う。
今までパーティなどで幼い頃から顔をあわせてきた幼馴染で、同じ高校1年生で、年齢的にも家柄的にもピッタリの相手らしい――何もかもがあたしとは違う。
「あいつ・・・来週、きしゃかいけん・・する、て」
呆然とテレビを見つめていたあたしは半ば意識が無かったのかもしれない。流架君の声でハッとした時にはニュースは終わり、CMに入っていた。
「記者会見・・・」
ぼんやりと彼の言葉を反復すると、流架君が拙い言葉で説明してくれた。
「あいつ、家継ぐの発表する。その時、こんやくしゃ、詳しく言う、て」
「財閥を継いで、あのお嬢様と婚約するって事・・・?」
「茉莉?」
「もうすぐ終わるって、上手くいくって言ったのに・・・」
「茉莉」
「だから信じようって決めたのに、酷い!」
「茉莉!」
鋭い声に、あたしはまた自分が愚かにも失敗を繰り返しそうになった事に気付く。
メディアに踊らされて、帝君の話を聞かないで勝手に思い込んじゃいけないのに。彼を信じようって心に誓ったはずなのに。
「・・・ごめん、流架君。一度帝君に確認してみるよ」
「ん・・・茉莉、だいじょぉぶ、だから」
「うん。ありがと・・・じゃぁまたね」
何とか平静を保って電話を切る事が出来たけれど、一度芽生えた疑惑の念はなかなか消えてくれなかった。
やっと、って思ったのに神様はまだ試練を与えようとしているんだろうか。あたしは確かに図太いけどこんな仕打ちに耐えられるほど強くないのに。
今にも叫んでしまいそうな心を抑えながら、震える手で帝君に電話をかける。
きっと大丈夫。あんなものは嘘だって彼が笑って言ってくれる。俺を信じるんじゃなかったのかって怒ってくれるはず。だって、そうでしょ?あたしは彼を信じてもいいんだよね?
だから、お願い。お願いだから電話に出て。声をきかせて。じゃないと・・・
「どうして・・・っ」
聞こえて来るのは無機質な機械のアナウンスのみで、どんなにかけても彼には繋がらなかった。
どうして。何か理由があるはず。何で。まだ朝早いから。まさか。ううん、違う。
帝君、お願いだから・・・じゃないとあたし――
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