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彼のこんな様子を見るのは初めてで、慰める事も出来ずにあたしはただ呆然としている他無かった。
幾分痩せた帝君の顔色は決して良いとは言えない。学校と会社の両立でただでさえ疲労しているのに、あたしが彼を精神的に疲れさせているんだと思う。
彼女と言うものは彼氏を癒すものなんだと思ってた。なのに、あたしは間逆の事をしてる。こんな状態じゃぁ一緒にいない方が良いんじゃないか。本当に別れた方がお互いのためで、帝君もこんな風になる事はないんじゃないか。
だけど、それでもあたしは――
「別れたくないよ」
思わず口について出た言葉に、帝君はハッとしたように顔を上げた。その漆黒の瞳に涙は見えなかった。
逆に、あたしの方が泣きそうになる。別れるとハッキリ言われたらどうしよう。嫌われていたらどうしよう。
頭の中を巡る嫌な予感。だが、それを払拭するように帝君がそっとあたしの頭に手を置いた。
「・・・?」
グリグリと乱暴に撫でられて、どうしたのだろうと見上げると、帝君は苦しそうに微笑んでいた。
「ったく・・・本当にどっちが年上か分からないな」
「み、かど君?」
「ごめん・・・今は、何も言えないんだ」
「どうして?それは、賭けが関係してるの?」
刹那、帝君が眉を潜めて険しい顔をした――そして気付く。あたしがどれほどの失言を犯したのかを。
「違うの、あの・・・!」
「専務だな。あいつは人が良すぎる上に口が軽すぎる」
「専務さんは悪くないの!あたしが無理やり聞きだしたからで・・・専務さんに何かするの・・?」
帝君は社長と言う立場だ。専務もかなり上の地位だが社長には負けるだろう。帝君なら専務さんをどうかする事も出来るかもしれない。
「お願い!本当に専務さんは悪くないの!怒るのならあたしにして!」
無理を言って、お世話になっておいて、あたしのせいで何かあったら耐えられない。
必死に帝君に訴えると、彼は呆れた風に溜息を吐いて苦笑した。
「仕事では使える奴だから下手に処罰すると俺が苦労するんだ」
言外に何もしないと言う帝君にホッとしつつ、随分と話がそれてしまった事に気付く。
だが、今更賭けについて聞けるほどあたしには勇気が無かった。変に度胸の無い自分が憎い。
俯くあたしに、帝君はもう一度慰めるように今度は優しく頭を撫でると、
「もうすぐ終わるから。そうしたらきっと全てが上手くいくはず。その時には・・・」
嬉しそうに、しかし少しだけ不安そうに帝君は笑った。一体何をしているのか、聞きたかったけれど今は彼を信じて待つしかないんだと思う。
信じ合う事も重要だよね。最近疑心暗鬼ばかりでちっとも信頼なんて考えてもいなかった。
お互いいっぱいいっぱいだったんだよね。
久しぶりの触れ合いに嬉しくて、ホッとして、柄じゃないけど彼の意外に厚い胸板に頬を寄せた。
「もう何も言わない。帝君を信じるよ・・・色々ごめんね」
「・・・珍しく素直で何か気味悪い」
「は!?」
人がせっかく素直にしおらしくしたって言うのにあんまりじゃないか。
文句の一つでも言ってやろうと顔を上げようとした瞬間、額に柔らかな衝撃。
気が付いた時には帝君はあたしから離れて、年相応に茶目っ気たっぷりな微笑を浮かべていた。
「今はこれで我慢しておきますけど、全てが終わった時には義姉さんを頂きますね」
あたしを頂くって・・・それってどう言う意味なのよ!?
思わず深読みをしてしまうと、帝君は目を細めて艶っぽく笑った。
「何想像してるんですか?義姉さんてば」
「想像なんてしてないわよ!あーもーいいわ!とっとと仕事に行きなさいよ!」
図星を指された恥ずかしさで、素直なあたしはどこかへ行ってしまった。
帝君の背中を押して共に部屋から出ると、そのままあたしと流架君は会社を後にした。
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