「私がお話出来る事はこのくらいです。お役に立てずに申し訳ない」

 申し訳なさそうに言う専務さんに、あたしは慌てて首を振った。

 「そんな事無いです。あたしこそ無理を言ってすみません・・・とても助かりました」

 嘘をついていると言う罪悪感に苛まれながら、深々と頭を下げてソファから立ち上がる。
 時計を見るともうすぐお昼だった。随分と長く話していたのだと驚く。

 「・・・助かった・・ありがと」

 ゆっくりと立ち上がって、流架君が言う。専務さん相手に何と言う上から目線。だけど、その事に専務さんは何の疑問も無いようで、逆に恐縮してしまっている。

 そう言えば、彼がどうやって専務さんを呼び出したのかとか色々疑問が残っている・・・けど、何だか聞いてはいけない気がする。やっぱり流架君はただのぼんやりキャラじゃないんだな。裏で色々しているんだ、きっと。そこに突っ込んじゃ駄目だよね。

 勝手にそう判断して彼と二人で部屋を出ようとしたところで、外が騒がしい事に気付く。

 何だろう、と思ったが特に疑問にも思わずにドアを開けた――これが大きな過ちだった。


 「・・・え?」

 ドアを開けてすぐに目に飛び込んで来たものにあたしは反射的に声を漏らしていた。
 ドアの前にいたのは人。普通ならそんな事で驚いたりはしない。だけど、その人は今絶対にここにはいないはずで、最も会いたくなかった人だった。

 「帝君!?」

 悲鳴にも似た声を上げると、彼も驚いた風に目を見開いていた。

 「どうしてここに・・・」
 「・・・茉莉?」

 その時、あたしの背後から流架君が顔を出した。あたしがなかなか部屋から出ないから不思議に思ったんだろう。
 帝君は彼の姿を認めると、驚きの表情が徐々に剣呑なものとなっていった。

 「・・・義姉さんだけでなく御影さんまで、ここに何の御用があったんですか?学校へは行かなかったんですか?」

 だけど、それはすぐにいつものように天使の仮面で隠された。そこにあるのは微笑を浮かべた綺麗な義弟の顔だ。

 「・・み、かど君こそ学校は?」

 つられて笑顔を浮かべながら、つい思い立った疑問を口に出していた。学校はまだ終わっていないはずなのにどうして彼がここにいるのだろう。鉢合う事は無いと思って来たのに。

 「僕は午後から取引先の方と会う予定なので、学校は早退して来たんです」
 「あ、そ、うなんだー・・・」
 「義姉さんはわざわざ会社まで学校を休んでどうしたんですか?しかも御影さんとご一緒に」

 心なしか、御影さんと言う部分を強調されたような気がするけど、気のせいだよね。
 内心でかなり不味いと思いながらも専務さんの手前、義姉らしく振舞うしかない。

 「帝君が心配で、つい来ちゃったの。流架君は付き添ってくれたの」
 「そうなんですか・・・心配で、付き添いにねぇ・・・?」

 完全に信じてない顔をしてる帝君に、あたしは笑顔で押し切るしかない。

 「そうなの!帝君が元気そうで良かったわ!た、たまには家にも帰って来てね!じゃぁ!」

 これ以上ボロを出さない内に逃げようと足早に彼の横をすり抜けようとした・・・んだけど、

 「個人的にお話があります。心配して下さるほど可愛い義弟の頼み、断りませんよね?」

 ガッシリと二の腕を捕まれて、凄みのある笑顔でこう言われては逆らえない。
 最後の希望である流架君は話し合えと言う風に手をヒラヒラと振ってあたし達を送り出そうとしていた。その後ろで専務さんが何だか慌てている。

 そのままあたしは半分泣きそうになりながら帝君に引きずられて、近くの会議室のようなところに入れられた。

 後ろ手にドアを閉めながら、あたしを睨みつける彼から目を逸らしながら必死にどうしようか考えるけれど、焦るばかりで全く名案は浮かばない。

 「・・・で?どう言う事?」

 さっきよりも1オクターブ低い声は威圧的で思わず近くにあった椅子に縋りつきたくなってしまう。

 「どう言うって・・・さっき言った通りだよ」
 「俺を心配して来たって?探りに来たの間違いだろ」
 「う・・・」

 図星を言い当てられて言葉に詰まる。やっぱり分かっていたか・・・そりゃそうだよね。

 「だって・・・帝君が教えてくれないから自分で調べるしかないじゃん」
 「俺と別れるつもりならそんな事する必要ないだろ。あぁ、それともあいつと来て俺に見せ付けたかったのか」
 「そんなんじゃないわよ!」
 「じゃぁ何なんだよ!?何でお前に会うといつもあいつがいるんだよ!」
 「っ・・・彼は協力してくれてるの!あたし一人じゃとてもじゃないけど出来ないから」
 「はっ!そんな事言いながら弱みに付け込もうとしてんだよ、あいつは」
 「彼の事を悪く言わないで!」

 反射的に叫び、傷ついた帝君の顔を見て、ハッとする――また失敗した。
 今の発言は良くなかった。本心だけど、帝君からすれば自分は責められて流架君が擁護された事になる。それはつまりあたしが流架君を、と思われても仕方が無いわけで。

 「帝く・・・」
 「やっぱりそう言う事なんじゃないか・・・俺は何のために・・・」

 俯いて、唇を噛む少年は泣いているように見えた。  











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