ロビーで専務さんと対面したあたし達はすぐにエレベータに乗せられて最上階へとやって来た。どうやらこの階に専務さんの私室があるらしい。
 良かった、と思う。あのままロビーにいたら社員さん達に怪しまれただろう。こんな高校生が専務さんとなんて異様な光景だっただろうから。

 「どうぞ」

 専務さんがドアを開けてくれて、あたしはかなり恐縮しながらも中へと入った。
 そして、いけないと思いつつも室内の様子を観察してしまう。専務室なんて入るのは初めてだし、どんな風になっているのか想像も出来なかったから興味があった。

 正直、シンプルと言うのが第一印象だ。もっとシャンデリアとかあって凄い豪勢かと思っていたのに、仕事用のデスクとソファ、テレビ、パソコン、そして膨大な量の本と資料があるくらいだった。

 少し拍子抜けをしながらも促されるままにソファへと座る。

 「・・・・・」
 「・・・・・」
 「・・・・・」

 ソファに座ったまま誰もしゃべらない。あたしはてっきり流架君が切り出すと思っていたのに。どうやら専務さんもそう思っていたようで、伺うように彼を見ていた。

 「・・・・・」
 「ちょ、流架君」

 相変わらずぼんやりとしている彼を肘でつつく。流架君は不思議そうにあたしを見つめたけれど、軽く睨むとようやく理解したのか専務さんの方に向き直る。

 「・・・桐堂、帝・・・聞き、たい」
 「はい?」

 最悪だ。

 あたしは思わず頭を抱えたくなった。単刀直入過ぎるし、専務さんに伝わっていないし・・・そもそも彼に話し合いをさせるのって大丈夫なんだろうか。

 「えっと、あの、新しくここの社長になった帝君について聞きたいんです」

 慌ててフォローを入れると、専務さんは納得したのか頷いたが、

 「ですが、何のためにそのような事をお聞きになりたいのですか。私としましては上司であり財閥の時期社長の事を軽々と申し上げるわけにはいかないのです」

 鋭い指摘を受けた。確かにもっともな事だと思う。だけどここで突然帝君の真意が知りたいから、なんて言ったら怪しすぎるような気がする。ここは不本意だけどあたしの立場を利用させてもらおう。

 「あの、あたしは帝君の義姉の茉莉と言います。今日ここへ来たのは、これまで財閥の仕事には関わって来なかった義弟が突然どうして、と心配になりまして・・・。最近よそよそしくて家にも帰って来なくてとても心配しているんです。義弟に直接聞くべきだとは分かっているんですけど、まだ私の事を完全に義姉だと認めてくれていないみたいで、訳を話してくれないんです」

 言いながら、帝君の冷たい眼差しを思い出して本当に涙ぐみそうになる。

 だけど、どうやらそれが専務さんの琴線に触れたらしく、人の良さそうな彼は気の毒そうにあたしを見た。

 「帝様はお年の割には大人びていらっしゃいますが、16歳と言えば多感な時期。突然出来た義姉様にとまどっていらっしゃるのでしょう」
 「そうでしょうか・・・専務さんはどうして義弟がこの会社を任されたかご存知でしょうか?」

 微妙にだましてしまっていると言う罪悪感を感じながらもこうなったら構ってられない。流架君が何か言いたそうにこっちを見てるけど、今は無視よ。

 あたしが聞くと、専務さんは少し迷った風に視線を左右にさ迷わせたが、やがて口を開いた。

 「賭け、だそうです」
 「賭け?」
 「はい。恥ずかしながら弊社は業績が悪化してこのままでは危ないところまで来ておりました。そんな弊社の業績を立て直す事が出来るかどうか、帝様は明様と賭けをなさっているそうです」

 あたしは思わず眉を寄せた。会社一つの命運がかかっているというのに賭けなんて、まるでゲーム感覚じゃないか。不謹慎過ぎる。

 「確かに聞こえはよくありませんが、明様も帝様も本気です。特に帝様は、賭けに勝てば何か望みが叶うそうで、それは真剣に業務をこなしていらっしゃいます」
 「望み・・・?」

 帝君が望む事・・・望めば何でも手に入れる事が出来るのに。家でも山でも島でも・・・そんな彼が一体何を望んでいると言うのだろうか。

 「あの、その望みって・・・」

 どうしても知りたくて、反射的に身を乗り出してしまう。
 人の良い専務さんは特に不快感を示す事も無く困ったように首を横に振った。

 「そこまでは分かりません」

 専務さんの答えに失望は隠せなかったけれど、でも、これで少しだけ帝君の真意に近付けた気がした。
 彼は何か重大な望みが合って、それは明さんに認めてもらわないと出来ない事で、そのために嫌っていた財閥に関与し始めたんだ。

 その望みが何かは分からないけれど、それがあたしと帝君の関係の鍵を握っているとみて間違いないだろう。        











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