3
あたしと流架君は今、とある建物――帝君が経営していると言う会社のビル――に来ていた。本来ならば学校へ行っている時間にも関わらずだ。
流架君に相談をした次の日、憂鬱な気持ちを少しだけ晴らして、あたしは学校へ向かおうとしていた。だけど、屋敷の前に流架君が迎えに来ていたのだ。そして彼に連れられて行き着いた先が帝君の会社だったと言うわけで。
「ねぇ、こんなところ本当に来てもいいの?」
こそこそと物陰に隠れながら辺りの様子を伺うあたしに、流架君は軽く小首を傾げた。
「・・・茉莉、あいつの、義姉。問題、ないよ?」
「で、でも!学校をサボッてるわけだし・・・こんな事知れたら不味いんじゃないのかな」
会社に来た事を帝君に知られるのも怖かったけど、同じくらい学校を無断で休む事が大きな罪悪感となっていた。こう見えてもあたしは真面目な生徒なんだから。
「だいじょぉぶ。電話、したし・・・学校ある、から・・・あいつも、いない」
学校に電話までしているなんて、流架君てば何て用意周到なんだ。ぽけっとしているように見えても結構しっかりしているんだよね、やっぱり。
それに流架君が言った通り、帝君が会社にいたんじゃ情報を集められない。それなら彼が学校へ行っている間にやるしかない。
でも、やっぱり戸惑いは隠せない。帝君の真相を探ろうと決心したものの、昨日の今日で心が追いつかない。もし重大な秘密が分かって、帝君と別れないといけない事になったらと思うと、たまらない。
「・・・茉莉」
その時、流架君が優しく肩を叩いてくれた。見上げた先にある彼の栗色の瞳があたしを大丈夫だと励ましてくれる。
そうだ、もう逃げないって決めたんだ。ここで逃げたらまた振り出しに戻ってしまう。
「流架君、ありがとう」
安心させるように微笑むと、意を決して物陰から飛び出した・・・ところまでは良かったんだけど、ふと我に返って重要な事に気付く。
帝君の会社に来て、どうすればいいんだろう。彼の情報を集めると言っても、まず何からすればいいのやら。
あたしは流架君に半ば誘拐のようにここに連れて来られたから仕方ないのだけど、何だか先程の意気込みが恥ずかしい。
「あ、あのー・・・」
気まずく思いながら振り返ると、流架君はいつの間にか携帯を取り出してどこかに電話をしていた。
何だか酷く真面目なその顔に、声を掛ける事をためらっていると彼は電話を切り、携帯をポケットへとしまった。
「・・・いこ」
「え?どこに?」
訳が分からなかったあたしはもう混乱するしかなかった。一体彼はどこに電話していたんだろう。聞きたいけど、何だか聞きにくい。
流架君はあたしの問いかけには答えずに無言でそのまま会社の受付まで行ってしまった。
「流架君!?」
そんなに堂々と大丈夫なのか、と思わず悲鳴を上げたあたしとは対照的に、彼は平然と受付の綺麗なお姉さんに話しかけた。
「・・御影流架だけど・・・専務、お願い」
「御影様ですね、畏まりました。少々お待ち下さい」
不思議な事に、お姉さんは心得ているように頷くと内線で専務を呼び出しているようだった。
「ねぇ、一体どう言う事なの?専務って何?」
「・・・この会社、の専務。あいつ、の部下のひっとー、だから・・・話、聞く」
「そういう事じゃなく!何で流架君がその専務さんを間単に呼び出せるの?」
問われて彼は一瞬考えてから、静かに人差し指を口元に当てた。
「ひみつ」
そう言って、悪戯っぽく笑った流架君は元来の美形と相まって、最高にカッコ良くてあたしの脳内に渦巻いていた様々な疑問が一気に吹き飛んでしまった。
何て駄目なんだあたしは。美形に弱すぎるだろう。
そんな事を思いながら顔を赤くしていると、どこからともなくチーンと言う、エレベータの到着を告げる音が聞こえて来た。
火照った顔を彼に見られまいと、エレベータの方に目を向けると、中から初老の男性が取り乱しながら出て来た。
ずいぶんと慌てた素振りに何だろうと思っていると、
「御影さん!」
その男性はこちらに気付くと足早に近付いて来る。
その瞬間、あたしは気付いた。近付いて来る男性に向かって皆が頭を下げている事に。そうか、彼は――
「お待たせして申し訳ありません」
自分の孫ほどにも年齢の離れた流架君に頭を下げる彼は――この会社の専務さんだ。
BACK NOVELS TOP NEXT