「別れちゃえ」

 ひゃくりあげながら何とか事のあらましを流架君に説明すると、彼は開口一番こう言った。
 あまりに直接的で辛らつな言葉にあたしは一瞬何を言われたのか分からなかった。驚きで涙もいつのまにか止まってしまっていた。

 「・・・は?」
 「別れちゃえ、ば?」

 もう一度、言い聞かせるようにゆっくりと話す流架君にあたしは完全に呆けた。
 普通、こう言う相談を受けた人は慰めたり大丈夫だと励ましたりするものじゃないのかな。無責任で他人事な言葉でも、それを聞きたくて相談する事も多いはずだ。

 かく言うあたしも少しだけそれを期待していた。誰かに聞いてもらって心を落ち着けたかったし、励ましてもらいたかった。そうすれば電話を出来ると思えたから。なのに・・・

 「・・オレ、慰めない。だって・・・嘘だ、から」

 文句を言おうとしたが、流架君の言葉であたしがどれほど最低な事をしているのか改めて気付いた。
 彼はあたしが好きだと言ってくれた。なのに、その彼にこんな相談事をしてあまつさえ慰めの言葉を求めるなんて・・・無神経にもほどがある。

 泣いてもいいと言う言葉につい縋ってしまった。流架君の気持ちには答えられないくせに都合の良い時だけ利用するなんてあたしって・・・最低だ。

 「・・・ごめん。こんな事、流架君に言うべきじゃなかった」
 「言えって、オレ言った・・・茉莉、悪くない」
 「うん・・・」

 沈黙。

 ・・・気まずい。気まず過ぎる。この雰囲気、どうしたらいいんだろう。何か話題を探さないと・・・!

 俯きながらもせわしなく目を動かして必死に脳をフル回転させていたあたしの前に、流架君が何かを差し出して来た。
 状況を飲み込めないながらも反射的にそれを受け取って、繁々と眺めてみる。

 そこには無数の数字とグラフが配列されていて、とてもじゃないけどあたしには理解出来なかった。

 「あの・・・これは?」
 「・・・あいつ、調べた」
 「え?」
 「桐堂帝」

 彼の名前を聞いただけなのに、あたしの心臓はドクンと正直に反応を示す。
 でも、調べたってどう言う事だろう。一体流架君は何を?この資料と関係が?

 「会社、関わってるって聞いて・・・不思議だった」

 実は流架君とあたしの婚約話が話題になった時、気を揉んだ彼の家のメイドさんや執事さん達が桐堂財閥について調べたらしい。

 流架君の話によると、帝君は財閥の後継者であるにも関わらず、これまであまり経営には携わってこなかったと言う。彼が優秀な事を知っていた周りはもっと、と考えていたようだが、彼はやんわりとそれから逃げていたらしい。

 それなのに、突然経営に深く関わり始めた。しかも、子会社とは言え一つの会社の経営を任されたらしい。

 「・・・あんまり業績、良くなかった会社、立て直したって」

 帝君が任されたのは財閥グループの中でも業績不振の会社だったと言う。だけど、彼が経営に携わるようになってからうなぎ上りに業績が良くなっているらしい。

 まだ高校生なのに、あたしより年下なのに会社を任されてその上良くしていくなんて信じられない。だけど、幼い頃から帝王学やら経済学を叩き込まれてきた彼なら、とも思う。

 しかし、それよりも不思議なのが帝君の行動だ。財閥をつぶしたいと言っていたのにそれとは逆の事をしている。いずれ社長になって財閥をつぶすつもりなら、今から良いところを見せておけば社長に就任しやすいと考えたのか。

 でも、それならどうして今まではそうしてこなかったのだろう。なぜ今なのか・・・彼の行動の矛盾が分からなかった。

 「もしかしたら、帝君は何か重要な事を隠しているのかも・・・」

 思わず呟いた言葉に、流架君も頷いた。

 「あいつ、茉莉と別れるなんて・・・思わないはず。何か、理由、あるよ」
 「そうかな・・・」
 「調べる、協力する」
 「え?でも・・・」

 戸惑うあたしに、彼は安心させるように柔らかく笑む。

 「別れる、言ったの・・・半分本気。けど、茉莉の気持ち、分かるから、協力する。でも、本当の事分かって、もし別れるなら・・・オレの事、考えて?」

 利己的な言葉のように思えるけど、そこにはあたしが負担に思わないように、気に病まないようにと言う彼の優しさが感じられた。

 「うん、分かった」

 彼の言葉にあたしの心も固まった。嘆いていても何の解決にもならない。
 帝君の真意を知って、ちゃんと納得出来た時、別れしか選択が無かったらちゃんとそれを受け入れよう。

 別れてから暫くは無理だろうけど、いずれは時が解決してくれるはず・・・その時には流架君の事を、もう一度きちんと考えてみよう。











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