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どうしようどうしようどうしよう。
グルグルと同じ言葉が頭の中を駆け巡り、ちっとも考えがまとまらない。体の震えはおさまらないし、目からは涙が溢れ出してくる。
今なら間に合う。きちんと否定すれば、きっと大丈夫・・・そう思うのに、足はそれを拒否するようにちっとも動かない。
しばらくすると、外からエンジン音が聞こえてきた。聞き慣れたその音に、あたしは絶望する。
やっとの思いで立ち上がると、よろけながら窓に近付いて庭を見下ろして溜息を一つ。
あぁ、やっぱり。
眼下には、屋敷の門をくぐる黒塗りの高級車――帝君がいつも使っているものだ。
また会社に向かったのだろうか・・・車の冷たい輝きが、頑なな少年の心を象徴しているようで、胸が痛む。
これで、直接会う事は出来なくなってしまったのに、あたしはどこかホッとしていた。
あれは冗談だって言っても駄目だったら?何を言っても別れると言われたら?考えるだけでどうかなりそうだ・・・彼に会うのが、話すのが恐ろしくて仕方ない。
「・・・いやだよ」
やっと結ばれたのに、初めての彼氏なのに、カップルらしい事なんて何もしていない。デートすらも。
・・・このままじゃいけない。怖がってばかりじゃ結末は決まってしまう。
そっと振り向くと、帝君が持って来てくれた鞄が目に入る。会えないなら、電話をかければいい。
震える手で鞄の中から携帯電話を取り出すと、ゆっくりとメモリーを辿って行く。
桐堂帝の名を見つけると、鼓動が高まるのを感じた。決定ボタンを押して、彼の番号をしばらく見つめる。
あと、ダイヤルボタン一つ押すだけなのに・・・やっぱり踏ん切りが付かない。電話に出てくれなかったら、とか、別れが確定したら、とか悪い予想しか出来ない。
♪〜♪〜♪〜
悩んでいる内に、携帯から腹が立つほど明るく軽快なリズムが流れて来た。それは、あたしが着信メロディに設定した、流行している女性歌手のものだった。
心臓が口から飛び出すんじゃないかと思う程驚きながらも慌てて発信者を確認する。ひょっとして、帝君かもしれないと思ったからだ。
だけど、画面に表示された名前は意外なものだった。
「流架君?」
御影流架と言う表示に困惑しながらも通話ボタンを押す。
「も、もしもし?」
「・・・オレ」
どこのオレオレ詐欺だよ、と言う風なツッコミを本来なら入れているはずだが、今はそんな元気もないので心の中に留めておく。
「どうしたの?」
「かばん・・・」
「鞄?・・・あ!」
鞄を流架君が家まで届けてくれた事を思い出す。帝君に預けた後、ちゃんとあたしの元に届いたか確認したかったのかな。
「うん、届いたよ。ありがとう」
何とかいつも通りに会話出来ていると思う。ちょっとでも油断すると涙腺が再び緩んでしまう。これ以上流架君に迷惑はかけられない。
「・・・」
「流架君?どうしたの?」
彼が黙り込む事は珍しくなかったけれど、僅かな沈黙に冷や汗が出る。
もしかして、と思ってしまう・・・鈍いようで意外に鋭い彼だから。
「茉莉・・・?」
「な、に?」
不自然に言葉が詰まってしまった事に内心舌打ちしながらも、努めて平静を装う。
「何か・・・あっ、た?」
・・・装ったつもりだったけど、やっぱり駄目だったらしい。
「我慢、よくない」
「え?」
「泣くの・・・我慢、よくない・・よ?」
「―――っ」
彼はたった一言でいとも簡単にあたしの涙腺は決壊してしまう。
泣いたら駄目だ。頼っちゃ駄目だ。
それを嫌と言うほど分かっているのに、分かっているはずなのに、弱くて卑怯なあたしの口は自然と禁断の言葉を発していた。
「流架君・・・どうしよう・・・助けて・・・っ」
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