序
シンデレラは目の前の婚約者に気付かれぬようにこっそりと溜息を吐きました。
王子様を諦める、と決めても簡単にはいきません。どうしても婚約者と王子様を比べてしまいます。
”忘れなければいけないのに。このままではいけないのに”
王子様と隣国の姫の結婚式は近日行われるとシンデレラは聞いていました。街中お祭り騒ぎの中、彼女だけは悲嘆に暮れています。
”シンデレラ?”
婚約者の男性が不審そうに彼女を見ています。
”何でもありません”
ハッとしたシンデレラは慌てて笑みを浮かべましたが、それはとてもぎこちないものでした。
”どこか具合でも?”
心配した男性が彼女の手に触れた時、シンデレラの体に電流が走りました――それは強烈な嫌悪感でした。
”だ、いじょうぶですわ”
やんわりと手を外しながらシンデレラは確信しました。
彼では駄目だ、と。いや、彼だけではない。彼女は王子様以外の男性を愛する事は出来ないのです。
けれども、いくらシンデレラが想っても王子様は結婚をしてしまうのです。
”・・・っ・・ごめんなさい”
耐えられなくなり、婚約者の男性の前から身を翻したシンデレラは家を飛び出しました。
”出来ない。王子様以外となんて、出来ない。だけど、もうどうしようもないわ”
泣きながら、どこまで駆けたのでしょうか。気が付くと町の大通りまで来ていました。
いつもは人々で賑わう大通りでしたが、今日は様子が違っていました。多くの長椅子が並べられて、豪勢な赤い絨毯がレンガの道の上から敷かれています。
”これは・・・何かあるんですか?”
涙を拭って、作業をしていた人に尋ねると、シンデレラが絶望する答えが返って来ました。
”知らないのかい?明後日、王子様の結婚式がここで行われるのさ”
”・・・え?”
”お城でやるのが普通なんだが王子様がぜひ町でやりたいと言ったらしい。変わったお方だよなぁ”
笑いながら彼はその後も世間話をしていましたが、シンデレラの耳には届いていませんでした。
近日と言う噂でしたが、王子様は明後日結婚するのです。出来るだけ王子様の噂を耳にしないようにしてきたシンデレラでしたから、これは衝撃でした。
その後、ぼんやりとしながら家に帰った彼女は怒って帰ってしまった婚約者には気も留めずに、テーブルの上に置いてある一通の手紙に気が付きました。
自分宛の手紙を何気なく手に取ると、差出人は何と王子様でした。
息が止まりそうなくらい驚いたシンデレラは、大きく息を吐くと9割の恐怖と1割の期待を込めて恐る恐る封を切ります。
その瞬間、ハラリと零れ落ちたものは――結婚式の招待状でした。
”白い服を着て、ぜひご参加下さい”
一言だけ添えられているその文字を見てシンデレラは今度こそ大粒の涙を流します。
あぁ、何と残酷な王子様でしょう。シンデレラの気持ちを知りながら自らの結婚式を彼女に見せようと言うのです。
その場に崩れ落ちた可哀想なシンデレラは震える手で憎々しげに招待状を握り締めました。
果たして彼女は結婚式に出席するのでしょうか。運命の結婚式はもう目の前に迫っているのです。
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