次に目を開けた時、辺りは薄暗くなっていた。どうやら考えている内に眠り込んでしまったらしい。

 慌てて起き上がると時計を見る――既に午後4時を回っていた。
 眠るつもりなんて無かったのに、こんなに寝てしまうなんて。もう学校は終わっている時間だけど帝君は帰って来たのかな。

 メイドさんに確認しようと部屋のドアへと急いだその時、ちょうどドアがカチャリと開く。驚いて、思わず足を止めると意中の人物が姿を見せた。

 「帝君・・・」

 帰って来たばかりなのだろう、制服を着たまま憮然とした表情で彼はいた。
 凄い偶然。彼もあたしと話し合いたいと思ってくれたのかな。

 「あのね、あたし――」
 「ほら、鞄」

 嬉しくなって口を開いた瞬間、目の前に投げ出された見慣れた鞄は今朝学校へ置いて来てしまったあたしのものだった。
 確か、流架君が届けてくれるって・・・どうしてこれを帝君が?

 「さっきあいつと門で会った・・・お前らはまだ律儀に婚約者のふりをしてんの?」
 「ち、違う!」
 「・・・テレビ見た。本当にこのまま婚約者になろうと思ってる?」
 「何言ってるのよ!?」

 寝ぼけて働かない頭が彼の言葉でどんどん混乱していく。何?どう言う事?帝君は屋敷の門で流架君と会って鞄を受け取ったんだ。そして――

 今朝のインタビュー映像をテレビで見てしまった?あの、映像を・・・?

 「あれは違う!あたしと流架君はそんなんじゃないよ!」
 「お前はそうでもあいつは違うだろ」

 イラついた様に吐き捨てると冷めた目であたしを見た。ううん、睨んだって言う方が正しい。それだけで彼がどれほど怒っているのか伝わって来る。

 「このまま乗り換えちゃおうか、なんて考えたんじゃないのか?あいつとなら簡単に婚約も結婚も出来るんだからな・・・面倒な俺よりよほどいいだろ」
 「な、にを・・・」

 あたしの顔を見た途端、帝君は傷付いた様に顔を歪めた。あぁ、駄目だ。きっと今のあたしは図星をさされた顔をしているんだろう。
 だって、それは事実だったから・・・考えてしまったから。必死に振り払おうと思っても付きまとう不安とそこから逃げ出してしまいたい衝動。

 「最悪」

 軽蔑した声色に耐えられず、あたしは唇を噛み締めた。どうしてあたしばかりこんなに責められないといけないの?
 こんな事望んでいたわけじゃないのに。あたしは、ちゃんと帝君が好きなのに。なのに彼が・・・

 「・・・そう言う帝君は?テレビで見たよ。どうして今次期社長の指名を急ぐの?」

 震える声で言っても彼は目を細めただけで何も言ってくれない。それが酷くあたしの癇に障った。

 「あたし達付き合ってるんだよねぇ?付き合うってこう言う事なの?・・・こんなんじゃ不安になるよ」

 泣きそうになって俯く。こんなはずじゃなかったのに。話し合いたいと思っていたのにこれじゃただの喧嘩だよ。

 「帝君が何を考えているのか分からない。同じ屋敷に住んで同じ学校に通っているのにすごく遠く感じる」

 こんな風になるんなら、元の義姉弟のままが良かった。

 「付き合ってる意味ないじゃない。あたし達の関係に未来なんてないんだし、それだったらこのままいっそ・・・」

 彼氏彼女だから悩むんだ。考えてしまうんだ。

 「別れた方がいいんじゃないかな」

 禁断の言葉は思いがけずすんなりと口から飛び出してしまった。

 あたしの言葉が途切れると、部屋はぞっとするほど静まり返る。静寂が包む部屋の中にいるとどんどん頭が覚醒してきてあたしが口走ってしまった事の重大さに気付いた。

 今、あたしは何て言った?

 体中の血液がサーッと引いていく錯覚に陥る。いや、錯覚ではなく今あたしは青褪めているだろう。
 否定しないと、と思っても喉がカラカラに渇いて言葉が出せない。唇を戦慄かせるばかりだ。


 「・・・それが本心か」

 呟かれたそれは何の感情も示していなかった。恐ろしくてあたしは顔を上げる事が出来ない。
 震えながら、けれども本当は心のどこかで信じていた。きっと彼は否定してくれると。別れないと言ってくれると。


 ・・・だけど、甘い期待は簡単に裏切られた。

 「それもいいかもな」
 「えっ?」

 反射的に顔を上げると、諦めたような静かな笑みを少年は湛えていた。

 彼のこんな顔を今まで見た事がない。あたしはとんでもない事を言ってしまったんだ。

 「ちが・・・」

 必死に手を伸ばしたけれど、彼は背を向けて出て行ってしまった。その背には明らかに拒絶の色が見て取れた。

 バタンと閉まる扉の音はそのまま、あたし達の関係の終焉を意味しているようだった。

 「・・・ち、がう・・・」

 足が震えて、立っていられずに崩れ落ちる。
 追いかけなくちゃいけないのに、体は言う事を聞いてくれない。違うって言わなくちゃいけないのに涙がこぼれるばかりで声が出せない。

 遠ざかる足音が完全に聞こえなくなった時、あたしは恋の終わりを知った。  











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