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 会見の次の日、ママと明さんは急遽海外の仕事が入ったらしく、今日の夕方までには日本を発たなければならなくなった。
 ママと少し話したかったから残念だと思っていると、早々に支度を済ませたママがあたしをお茶に誘って来た。

 ママのお気に入りの場所だと言う、植物園に設置されていたテーブルでは既に紅茶とスコーンが用意されていた。

 「でも、本当に驚いたわぁ。あの茉莉ちゃんが帝君の付き合うなんてぇ〜」

 一口紅茶を飲んで、カップをソーサーに置いたママは大きく溜息を吐いた。

 「子供って、気が付いたら成長してるものよねぇ〜。何だか寂しいわぁ」
 「突然再婚って言われた時のあたしの気持ちがこれで少しは分かるでしょうよ」

 投げやりに言いつつ、スコーンにお行儀悪く齧り付く。ここにはママしかいないし、別に構わないだろう。

 「でも、ママ達知ってたんでしょ?そりゃ言わなかったのは悪いけど・・・」
 「ん〜。こうなるって実は最初から思ってたのよぉ?帝君は分からないけどぉ、茉莉ちゃんはきっと帝君が好きになるって思ったから〜」
 「え?確かに帝君はカッコいいけど・・・」
 「帝君って〜。茉莉ちゃんの王子様の理想像、そのままでしょぉ〜?」

 ・・・王子様?

 「むかぁし、茉莉ちゃんったらシンデレラのお話が大好きでぇ〜。王子様を信じてたのぉ。覚えてない〜?何だか今はすっかり現実的になっちゃったんだけどぉ昔はとってもロマンチストだったのよぉ」

 懐かしいわぁ、なんて目を細めるママを見ながらあたしは脳内のアルバムをめくる。

 大好きだった絵本のシンデレラ。いつかあたしだけの王子様がって、凄く憧れてた。だけど、王子様なんていないって友達にからかわれて・・・。大きくなるにつれてそんな人はいないって実感して、いつの間にか諦めてた。

 「その時よく王子様の絵を自分で描いてたんだけどぉ、その絵が何となく帝君っぽいって言うのかなぁ〜。黒猫を擬人化した感じでねぇ〜」

 魔女の宅急便のジジがその頃大好きだったせいもあるだろう、とママはコロコロと笑った。どれだけ影響されやすい子供だったんだ、あたしは。

 あぁ、でも思い出してきた。猫みたいに可愛くて、気まぐれで、だけどカッコいい人――それがあの頃の理想の王子様だった。
 王子様を思い出そうとすると、自然に帝君が脳裏に過ぎる。黒髪で猫の様な漆黒の瞳、二つの顔、ギャップ・・・確かに帝君は黒猫のような男の子だ。

 「でもそんなの今まで忘れてたし、小さい頃の夢物語に過ぎないじゃない?そんな理由で帝君を好きになんて・・・」
 「結果的には付き合う事になったわけでしょぉ?つまり茉莉ちゃんの王子様は帝君でぇ、小さい頃の理想そのままって言う事よぉ」

 部屋に王子様の絵を飾っていた。だけど、友達にからかわれて、恥ずかしくて絵は捨てた。その内にママが離婚して、生活が大変になって、夢物語を見なくなった。

 「今時、待ってるだけじゃぁ王子様は見つからないわぁ。ママだって、明さんをもぉ力ずくって感じでゲットしたんだからぁ」
 「・・・明さんがママにとっての本当の王子様だったの?」

 あまり覚えてないけれど、パパはママの王子様じゃなかったのかな。だから別れちゃったのかな。
 結婚しても離婚する人は凄く多い。皆結婚する瞬間はその人こそがただ一人の王子様だって思ってたはずなのに。

 「パパだって、ママの王子様よ。ママには王子様がたくさんいたのね・・・それと同じでパパのお姫様もママだけじゃなかったのよ」

 急に憂い顔になったママだったけれど、すぐに笑顔に戻って帝君とのいきさつなんかを聞いて来た。ママとパパの離婚の理由を聞いた事が無かったけれど、もしかしたらパパ・・・。

 「茉莉、ここにいるのか?」

 植物園に良く響く澄んだ声が響き、暗くなりかけていたあたしの心に一筋の光が差し込んだ。
 入って来た人――帝君はあたし一人だと思ったのか、ママを見て慌てていた。

 「あぁら。王子様のご登場ねぇ〜?お邪魔虫なママは退散するわぁ〜」

 意味ありげな視線を帝君に送りながらヒラヒラと手を振って出て行くママの背中を見送る。
 入れ替わるように入って来た帝君に衝動的に抱き付いた。

 「うわっ!?どうした?」

 帝君はバランスを崩しながらもあたしをしっかりと受け止めてくれた。それが嬉しくて自然と笑みがこぼれる。

 「ねぇ、実はあたし、ずっと王子様を待ってたんだよ」

 突然何を言うのかと、帝君は不審げに首を傾けたけれど、あたしはどうしても言いたくて。彼に伝えたくて。

 「ずっとずっと・・・待ってたんだよ」

 あたしの理想の王子様は昔から決まっていたんだ。あたしはお姫様なんて柄じゃないけれど、彼の隣にいたい。

 そう願いを込めて回した腕に力を込めると、帝君もそっとあたしを抱きしめてくれた。

 「・・・王子様と結ばれたお姫様はどうなるんだ?」
 「え?」

 思わぬ問いに言葉を詰まらせると、帝君はそっと笑んであたしに頬を寄せて来た。

 反射的に目を瞑って、彼からの甘い口付けを受けながら、あたしは思い出していた。

 シンデレラの結末。王子様と再会したシンデレラは彼と結ばれて、そして――

 抱擁が一層強くなって、口付けが深くなる。咽返る様な甘い雰囲気に酔いしれる。脳裏に浮かぶのはある一文。

 シンデレラは王子様と一生幸せに暮らしました。


 これが結末。物語はこれでおしまい。だけど、あたしと帝君の物語はこれから始まる――まだあたし達は幸せへと続く階段を上り始めたばかりなんだから。     











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