王子様の結婚式当日。町中お祝いムードであちこちに花飾りが施されていました。

 もちろんシンデレラの家の玄関も華やかに飾りつけられています。それを憂鬱な気分で眺めてから、シンデレラは手元の紙に目を落としました。

 王子様から届いた招待状です。もちろんシンデレラは出席しようなんて思っていませんでした。今日はずっと家の中で静かにしていようと決めていたのです。

 そんなシンデレラの様子に気付く事なく、両親や姉妹達は煌びやかな服を来て結婚式を見に行く準備をしています。

 ”本当に行かないのかい?”

 何度も聞かれましたが、シンデレラの答えは決まっていました。
 その内にみんな出かけてしまい、静かな家の中でシンデレラは一人溜息を吐きました。

 絶対に行かない、と決めていたのですが遠くから結婚式の開始を告げるファンファーレが聞こえると、急に心がざわついてきます。

 このまま王子様が結婚してしまったら、二度と会えません。それならば、せめて最後に一目だけでも会いたいと思ったのです。お姫様と幸せそうに並ぶ王子様を見れば彼を忘れられるかもしれません。

 そう思ったらいてもたってもいられなくなったシンデレラは慌てて家を飛び出そうとしました。ですが、ふと思い出したのです。

 招待状には白い服を着て来るようにと書かれています。白は花嫁であるお姫様の色なので、シンデレラは気が引けましたが、きっと誰も自分のことなど見ていないだろうと思い、シンデレラは白のワンピースドレスに着替えました。


 急いで結婚式が行われる大広場に行くと、そこは既に人だかりが出来ていました。

 背が高いとは言えないシンデレラは飛び跳ねても前が見えません。ただ、周りの歓声で王子様達が姿を見せたのだと言う事は分かりました。

 せめて最後に一目だけでも、と思っていた哀れなシンデレラは、大きな背中が見えるばかりで王子様の髪の毛さえも見える様子はありません。

 女の子達の黄色い声ばかりが耳に刺さり、シンデレラの心に段々と諦めの気持ちが芽生えてきます。

 ”やっぱり来るべきじゃなかったんだわ・・・もう帰りましょう”

 そっと溜息を吐くと、シンデレラはゆっくりと踵を返しました。その瞬間、周りで騒いでいた人達が急に黙り込んだのです。

 何だろうと横を見ると、誰もが目を見開いて、信じられないものを見るような表情でシンデレラの後ろを見つめています。

 ”何・・・?”

 恐る恐る振り返ったシンデレラの目に信じられないものが映りました。

 ”お、王子様・・・?”

 目の前にはシンデレラが愛して止まない王子様が微笑んでいたのです。
 すぐにシンデレラはこれが幻だと思いました。だって、王子様が目の前にいるなんてありえないのですから。

 ”シンデレラ”

 ですが、目の前の王子様はとても嬉しそうにシンデレラに微笑みかけ、手を差し伸べてきます。半ば無意識にその手を取ったシンデレラはハッとしました。

 ”さ、われるわ・・・では、これは幻ではないのね?”

 ”僕は幽霊になった憶えはないよ。全く・・・主役が遅れては駄目じゃないか”

 言って、王子様はシンデレラの手を引いて広場の中央へと連れて来ました。

 長く赤い絨毯の先には一人の神父様。そして絨毯の周りには正装の兵士達が一列に立っています。
 あまりにも壮大な光景にシンデレラは一歩後ずさりました。ですが、逃げ出す事は王子様が許してはくれません。

 呆然とするシンデレラの頭に真っ白なベールを被せると、王子様は半ば無理やりにシンデレラと腕を組むと、これまた無理やりに絨毯の上を歩き出しました。

 ”あ、あの。これは一体どう言う事なんですか”

 長い長い絨毯をじれったいほどゆっくりと歩きながら、シンデレラは漸く王子様に尋ねる事に成功しました。

 ”何って。僕達の結婚式に決まっているだろう”

 事も無げに言う王子様に、しかしシンデレラは納得するはずがありません。

 ”他国のお姫様と結婚なさると・・・”

 ”それは表向きさ。大丈夫、誰にも文句は言わせない”

 王子様の人の悪そうな笑顔にシンデレラは寒気を感じながら足を進めて行きます。

 ”随分と心配をかけてすまない。だけど、僕には君だけだから。順番が逆になってしまったけれど、今言わせてくれないか”

 気が付くと、二人は祭壇の前で足を止めていました。そしてされるがままにシンデレラは王子様と向き合います。

 ”シンデレラ、僕と結婚して欲しい。僕の妃となって、共に生きていって欲しい”

 シンデレラの手を取る王子様は、いつものように自信満々ではありませんでした。不安が見え隠れする王子様の真剣な顔に、シンデレラは心打たれます。

 王子様と生きる事は決して平穏な道ではないでしょう。親の決めた婚約者と結婚した方がシンデレラにとっては良いのかもしれません。

 ”はい・・・!”

 ですが、シンデレラは迷い無く頷きました。
 シンデレラの返事に王子様はホッとして美しく微笑みます。

 その笑顔に見惚れながら、シンデレラは今更ながらに恥ずかしくなってきました。こんなに王子様は美しいのに、シンデレラは今質素な白いワンピースを着ているのです。

 ”大丈夫。僕にはシンデレラがこの世の何よりも美しく見えるよ。魔女に魔法でもかけてもらったのか?”

 ”なっ・・・魔法にかかっているのは王子様の方です!”

 ”じゃぁこうしよう。僕達は二人とも魔法にかかってるんだ・・・恋と言う名の魔法に”

 王子様らしく気障な言葉を囁きながら、彼はそっとシンデレラの唇に魔法を施しました。


 その魔法は午前0時を過ぎても解けることなく、二人はその後も永遠に幸せに暮らし続けました。




 これでシンデレラのお話は幕を閉じるのです。ですが、もう一人のシンデレラがどうなるのかは、誰にも分かりません。だって、彼女の物語は始まったばかりなのですから。




 終わり









 あとがき

 4年以上もの長い間連載してきた「午前0時のシンデレラ」もついに完結することが出来ました。これもずっと応援してくださった皆様のおかげです。本当に長い間ありがとうございました。
 シンデレラはいつの間にか、当サイトの看板小説となっていました。本当に色んな方に読んで頂きとても幸せに思います。ずっと書き続けてきたシンデレラが終わってしまうなんて、作者である私自身も何だか信じられない気持ちでいっぱいです。
 さて、このお話は題名にあるように、童話の「シンデレラ」をモチーフにしつつやる予定でした。ですが、物語が進むに連れて、何だか全然関係ない感じになってしまい、最終回近くなって無理やりシンデレラの話を詰め込んだというのが本音です。
 タイトルの「午前0時のシンデレラ」と言うのは、魔法が解ける瞬間のシンデレラと言う意味です。タイトルをつける時、時間を12時か0時かでとても悩んだのが記憶に新しいです。
 魔法が解けても変わらない想い、と言うのを表現したかったので、このタイトルをつけました・・・多分。(記憶が薄れていてすみません)上手く表現できたかは微妙なのですが、とりあえずこれで茉莉達のお話はおしまいと言う事で。
 小説の中でも何度も書いているように、茉莉と帝の物語はここからがスタートです。現実では彼氏彼女になったからハッピーエンド、結婚したからゴール、じゃないですよね。大変なのはその後です。二人がこれからどうなるのかは私でも分かりません。ですが、それで良いと思っています。
 これにてあとがきも終わりです。最後になりましたが、本当に長い間呼んで下さった方々には心より感謝を申し上げます。これからも心の片隅で二人の幸せを祈ってくだされば幸いです。(2010.9.4)












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