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 「どうやら帝も落ち着いたみたいだね。それで、何か話したい事があるんじゃないかい?」

 明さんの微笑を帯びた質問に思わずゴクリと息を呑む。
 笑ってるはずなのに、纏ってるオーラがラスボスのそれみたいだから困る。やっぱり世界を代表する財閥のトップってのは普通の人と違うのかな。

 怯みそうになったけど、横にいる帝君に手を強く握られて何とか思いとどまる事が出来た。




 気持ちを確認し合った後、席を外していた明さんとママが再び部屋へとやって来た。
 二人ともあたし達の目を見て何かを察したみたいで、座るなり明さんが言ったのだ。

 確かに報告したい事はあった。だけどまだ心の準備が・・・。

 「はい、あります」

 戸惑っている内に、帝君がハッキリとこう言った。そしてあたしの手を強く握る――まるで逃がさないとでも言うように。

 ・・・逃げないのに。確かにちょっと怯んだけど、向き合うって決めたんだから。

 「あたしからも、あります」

 力強く握り返す。この思いが届くようにと。

 思いは確実に伝わったようで、帝君は僅かに目を細めると、

 「先程、茉莉さんから正式にプロポーズの返事を頂きました。僕達は今お付き合いをしていて、将来結婚を真剣に考えています」

 きっぱりと宣言をした。

 「義理の姉弟と言う立場上、義姉であるあたしがしっかりしないといけないのに、本当に申し訳なく思います。でも、あたし、帝君の事が好きなんです。認めて、もらえませんか?」

 あたしも負けじと口を開いた。慣れない敬語に声が震えたけれど、伝えなくちゃ。帝君に勇気を貰ってる今しか言えないような気がするから。

 明さんはある程度予想していたのか、別段驚く事もなくニコリと小首を傾げた。

 「別に構いませんよ」

 そしてサラリと、あまりにも呆気なく言ってのけた。

 「・・・はぁ?」

 思わず飛び出した素っ頓狂な声は、あたしと帝君二人のものだった。見ると、隣で彼も呆気に取られている。

 だって、とてもじゃないけど信じられない。こんなにあっさりと認めてもらえるなんて考えていなかったんだから。帝君が賭けに勝ったからと言っても明さんにはそれを簡単に反故に出来るんだし。

 「あ、の、今何て?」
 「構わないと言ったんですよ?」

 もしかしたら聞き間違いかも、と思って再度尋ねてもやっぱり同じだった。

 「一体、何を考えている・・・?」

 帝君は明さんの言葉を鵜呑みにはしていなかった。何か裏があるのでは、と疑っているようだ。
 疑いを掛けられても明さんは笑顔を崩す事無く、おもむろに立ち上がるとテーブルの上にあったリモコンを手に取り、備え付けの大型テレビを付けた。

 大画面に映し出されたのは、あたしと帝君の顔だった。ぎょっとしたけど、そこまで驚かなかったのはすでに慣れてしまったからだろうか。
 どうやら帝君の記者会見後の特番みたいだ。帝君の会見の様子を振り返りながら、あたしとの関係や財閥の今後などをコメンテーターが推察している。

 「あの、これが何か?」

 どうしてテレビを付けたのか。意図が掴めずに明さんを見ると、彼はゆっくりとこちらを振り返った。

 「分かりませんか?誰も二人の関係をマイナスに捉えていないんですよ。むしろ好意的です。義理の姉弟と言う関係で話題を呼び、茉莉さんが少し前まで平凡な一般家庭にいたと言う事で、現代のシンデレラと位置づけています」

 経済以外でここまで財閥が取り上げられる事なんて初めてですよ、と明さんはさらに笑った。

 「シンデレラストーリーはワイドショーの良いネタですからね。そのせいか今まで遠い存在だった桐堂財閥が身近に感じられたようで、企業としてもプラスに働いているんですよ。株価の調子もすこぶる良いようです」

 言いながら、何だか細かい数字と棒グラフを見せられたけど、何がなんだか良く分からなかった。とにかくあたしと帝君の関係が良い風に捉えられてるって事なんだ。
 帝君が、結局は財閥の有益かよ、と吐き捨てるのをぼんやりと聞きながら、認めてもらえたんだと言う喜びがじわじわと湧き上がってきた。

 「あの、ありがとうございます。認めてもらえるなんて、思ってなかったから、すごく嬉しいです」
 「そんなに畏まらなくてもいいですよ。これでも一応義父なんですから」
 「あ、はい」
 「それに、本当の意味で結婚を認めたわけではありません。知っていますか?高校生の時の恋人とそのまま結婚と言うのは世の中ではほとんど無いんです。君達はまだまだ若い。これから多くの困難と出会いがあります。それを乗り越えた時、まだお互いを思っていれば、その時は素直に結婚を認めましょう」

 言うなり、明さんは時間を確認すると慌しくママを連れてそのまま出て行ってしまった。本当に忙しい人なんだ。

 二人がいなくなって、また帝君と二人残される。テレビから流れるコメンテーターの甲高い声をBGMに、あたしは明さんの言葉の意味を考えていた。











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