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 静かに肩を震わせる帝君に、何て声をかけたらいいか分からずに、視線をさ迷わせていると、明さんのそれとぶつかった。

 明さんは戸惑うあたしに小さく微笑みながら頷くと、

 「あまりに突然の事で混乱したでしょう。僕達は少し外に出ています。マスコミの対応もありますしね」

 そう言ってママを連れて出て行ってしまった――最後にもう一度笑顔を覗かせて。

 その微笑みに勇気を貰ったような気がした。流架君に振られて辛い時、彼に支えられて立ち直る事が出来た・・・今度はあたしが彼を支える番だ。

 ・・・と、意気込んだはいいけれど、さてどうしようか。ここで突然励まそうとしても逆効果だよね。

 「・・・茉莉」

 どうしようどうしよう、とやる気が空回りしていると、帝君がふいに顔を上げた。
 その漆黒の瞳からは涙こそ流れていなかったけれど、いつもよりも潤んで、そして不安定に揺れていた。

 「俺は財閥を潰す為に社長になりたかった・・・母さん一人救えない、幸せに出来ないものなんて壊してしまいたかった」
 「・・・うん」
 「ずっと、母さんが死んでからそれだけを目標にしてきた。そのためなら自分を演じる事だって厭わなかった。なの、に・・・」

 帝君は堪えられないとばかりに言葉を切ると、唇を痛いほど噛み締めた。そして血の滲んだ唇を何度も震わせる。言いたい事があるけど言葉にならないんだろう。

 そんな彼の姿に胸が痛んだあたしは、立ち上がり、帝君の頭に無意識の内に手を伸ばしていた。
 そして柔らかな漆黒の髪をぎこちなく撫でる。どうしてか、そうしたくなった。彼が年下扱いされるのを嫌うって分かっていたはずなのに。

 案の定、帝君は驚いてあたしを凝視した。だけどあたしは怒られるなんて露ほどにも思わずに、ただ零れ落ちそうな彼の濡れた瞳が綺麗だなんて思っていた。

 撫でていたら、愛しさがこみ上げてきて自然と笑みが零れる。

 「―――っ!!」

 刹那、帝君にその手を捕られ、凄い勢いで抱きしめられた。

 「ぅわっ!?ちょっ・・・」
 「・・・さん」
 「へ?」

 息苦しさに文句を言おうとしたけれど、僅かに聞こえた声に抵抗する気も失せてしまった。

 ”母さん”

 帝君は確かにそう言った。

 椅子に座っている帝君が立っていたあたしを抱きしめたから、格好的にはあたしの方が彼を抱きしめているように見えるだろう。
 胸元にある彼の頭を再び撫でる。すると回された腕の力が一層強くなった。

 苦しかったけど、離れようとは思わない。ゆっくりと時間をかけて彼が落ち着くのを待っていると、胸元からくぐもった声が聞こえて来た。

 「俺は、母さんが大切にしてきたものを壊そうとしてた・・・馬鹿だよな。母さんのためだと思っていたのに、まるで正反対の事をしてたなんて」

 帝君の熱い吐息が布越しに伝わって来て、何だかこそばゆさを感じながら、彼の話に耳を傾ける。

 「長年の目標が無くなった・・・その目標のためだけにつまらない帝王学も決められた将来も受け入れて来たのに・・・」

 これからどうすれば、と嘆く帝君に何だかあたしはイライラして来た。

 「それが時期社長の言葉?そんな人のプロポーズなんて受け入れられないわよ」

 刺々しい言葉に帝君はハッとした様にあたしの腕の中から顔を上げた。

 「これからはお母さんの遺志を継いで会社を守ればいいじゃない。今まで社長になるために勉強して来たんでしょ?これまでの事は無駄なんかじゃないよ」
 「・・・そうだな。話を聞く前から、もう俺には財閥を潰すなんて出来なかっただろうし・・・。実際一つの会社を任されたらその責任の重さを実感した。簡単に財閥を潰すなんて、よく考えてたなって愕然としたよ・・・」

 自嘲気味に顔を歪めると、再びあたしを強く抱きしめて来る。

 「こんな状態で次期社長なんて、務まるのかって結構不安だったんだ・・・。あいつから話聞けて、良かったかもな・・・何かすっきりした」
 「それなら良かった」
 「・・・だから、プロポーズ、断るなんて言うなよ」

 いつの間にか片腕をあたしの背中から外した帝君に、するりと頬を撫でられる。

 「え?ちょっと・・・」

 突然形勢逆転されたような気がして焦っていると、帝君は潤んだ目を僅かに細めた。

 「・・・キスしたい」  











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