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 「犯罪になるような事はやっていなかったから、目を瞑っていたんだよ。桐堂財閥の一人息子がやるにしては少々眉を潜めるものばかりだったけれどね」

 明さんが苦笑する帝君の問題行動について、あたしはよく把握していなかった。夜遊びに女遊びってところだろうか。前に一回連れて行かれたクラブは怖かったけれど、そこまで危ない雰囲気ではなかったはず。

 思い出して、ムッとする。そうだ、彼は女遊びをしていたんだった。あたしと付き合う随分前の事だとは言え、何だか嫌だ。

 ブクブクと嫉妬の海に沈みこみそうになっていると、帝君の乾いた笑い声が耳に飛び込んできて、あたしの意識を浮上させた。

 目の前の帝君は壊れた人形のようにひとしきり笑うと、急に真顔になり、明さんを睨み付けた。

 「所詮俺はあんたの手の上でもがいていたわけか。馬鹿らしくて反吐が出る」

 明らかな敵意と憎悪に明さんではなく、あたしが心臓を掴まれたような錯覚に陥る。
 彼の視線を真っ直ぐに受け止めて、けれども明さんは優雅に笑んで見せた。

 「息子の行動すら把握出来ないようでは、世界情勢や経済は動かせないからね」
 「よく言うぜ。母さんの事はちっとも理解出来なかったくせに。いや、しようともしなかったのか」

 母さん――彼の口から飛び出したそれがママじゃ無い事くらいあたしにだって分かった。

 瞬間、明さんの表情に初めて目に見える変化があった。笑みを引っ込めて、秀麗な眉を潜める。

 「・・・櫻?」
 「気安く母さんを呼び捨てにするな。あんたにその資格は無い。何なら愛美さんに教えてやろうか?あんたがどれほど薄情な夫だったかを」

 薄く笑う帝君はけれども泣いているように見えた。助けて欲しい、と心が悲鳴を上げているような・・・。

 だけどあたしはどうする事も出来なかった。気の利いた言葉も思い浮かばず、そわそわと視線をさ迷わせる事だけに専念してしまう。
 一体何が帝君をイラつかせているのか分からない。櫻、と言うのは彼の母親なんだろう。随分前に亡くなってしまったと聞いている。

 「止めなさい、誤解だよそれは」
 「何が誤解だ!」

 考え込んでいる間に親子喧嘩は益々白熱して来た。と言っても、一方的に帝君が明さんに怒鳴り散らしているだけなんだけども。
 不思議な事に、明さんは帝君が怒鳴るたびに嬉しそうに目を細めていた。まるで息子が怒る事が嬉しくて仕方ないみたい・・・。

 散々耳を塞ぎたくなる様な暴言を吐き捨てていた帝君だったが、明さんがちっとも堪えていない事に気付くと、悔しげに秀麗な顔を歪めた。

 「・・・何が面白い」
 「面白いんじゃなく、嬉しいんだよ。初めてまともに帝と喧嘩して向き合えた気がしたんだ。櫻が亡くなって以来、こんな事一度も無かったからね」

 言って、本当に嬉しそうに笑う明さんの父の顔に、帝君は直視出来ないとばかりに顔を背けた。

 「本当はもっと早くこうして話し合うべきだったね。それはすまないと思っているよ」
 「・・・っ」
 「ずっとこれは僕と櫻の問題だと思って黙っていたけれど、帝にも知る権利はある・・・今ならそう思えるよ」

 自嘲気味に口の端を持ち上げると、明さんはママとあたしに目をやった。

 「出来れば二人にも聞いて欲しい・・・愛美さんには辛い思いをさせるかもしれませんが・・・」

 そう。明さんの今の奥さんはママだ。ママの前で亡くなった奥さんの話なんてしていいんだろうか。ママが傷付くんじゃないか。
 ・・・と、心配もしたけれどママはあたしが思っているよりもずっとずっと強い人だった。

 「大丈夫よ。私も知りたいと思っていたの。そうしなければ私達はちゃんとした夫婦、家族になれないのではないかしら」

 何時に無くしっかりとした口調で話すママからは一種の決意みたいなものが見て取れた。何も考えていないようで、実は結構思い悩んでいたんだろうか。
 娘のあたしでもママは掴みきれない所がある。だけど、ママが聞くと言うなら、あたしが反対する理由は無い。

 そんな風にママを引き合いに出しながらも、本当は帝君を一番気にかけている事は既に気付いていた。付き合っていると言っても、義弟だと言っても、あたしはまだまだ彼の事を知らない。先程の様子から、櫻さんと言う人が彼にとってのキーパーソンだろう。彼女を知る事で帝君に近づけると思った。

 実の母よりも義理の弟を優先するなんて、あたしもママを悪く言えないね。
 胸中で苦笑しながらも、この想いは止められない事もあたしは既に気付いてしまっていた。











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