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 すぐにでも駆け出したいのに、安心して力の抜けた体はその場に崩れ落ちるのを何とも持ちこたえるだけで精一杯だった。

 ぼんやりと突っ立っていると、帝君がゆっくりとこちらに歩いて来る。スーツのせいか、いつもよりも大人びて見えて王者の風格みたいなものが感じられるのは気のせいだろうか。

 「遅刻」
 「あ・・・ゴ、メン」

 咎めるように眉を寄せられて、反射的に謝る。すると帝君は意外だと言わんばかりに瞬きをしてから、満足そうに目を細めた。

 「埋め合わせは今夜な」
 「なっ・・・!」

 耳元で吐息交じりの甘い声で囁かれて、カッと頬が熱を帯びる。鏡を見ていないから分からないけれど、顔が赤くなっているに違いない。

 彼の言葉であたしが我を取り戻したように、周りの報道陣もようやく自身の仕事を思い出したらしい。慌てたように取り囲んで、マイクを向けて来る。

 「ご結婚されるとは本当ですか!?」
 「いつからのお付き合いなのですか!?」

 突きつけられる好奇の視線にあたしが怯むと、ふいに背中に大きな手が添えられた。暖かなそれに驚いて隣を振り仰ぐと、帝君は報道陣を涼やかな笑みで見ていた。

 「えーと、結婚するかはまだ返事をもらっていないので何とも言えません。お付き合いはごく最近です」

 素直に答えるなんて思ってもいなかったあたしと報道陣は呆然と彼を見た。

 「帝君・・・?」
 「で、では!次の質問なんですけども!!」

 戸惑うあたしとは裏腹に、報道陣は嬉々としてマイクを帝君へと集中させる。

 「茉莉さんは御影流歌さんと関係があるとされていたのですが、実際はどうなっているのですか?」

 そしてよりによって一番答えにくい質問を一番しちゃいけない人にしてしまった。
 さっきまでその彼と一緒にいたあたしはわざとらしいほどに肩を揺らしてしまった。

 それに気付いたのか分からないが、帝君は背筋の凍る笑顔をあたしに向け、

 「彼は親しい友人ですよ・・・ねぇ?」

 肯定以外は許さないとばかりに首を傾げて見せた。
 本能的に頷いたあたしに満足そうに口の端を持ち上げ、報道陣に向き直る。

 「彼は僕達の良き友人であり、協力者なんです。実は僕達の関係を知られないようにするためのカモフラージュとして恋人役を頼みました。美浜さんもこれについてご存知で、快く協力して下さいました」
 「お互いに偽の恋人役を立てたと言う事ですか?そこまでして隠したかった事実を、なぜ会見で公にしたんですか?」

 確かに、それはあたしも不思議だった。どうして帝君は自身の後継者就任に合わせて発表したんだろうか。この事をママは、明さんは、知っているのか。
 あたしと報道陣が答えを求めて黙り込む中で、ただ一人帝君だけが意味深げに笑って見せた。

 「それについてはこれから分かると思います。そろそろよろしいですか?プロポーズの返事が気になって仕方ないんです」

 笑いながらチラリとあたしを見た帝君に、そう言えばまだ返事をしていなかったと思い出す。会ったらすぐにでもと思っていたのに、色んな事がありすぎて吹っ飛んでしまっていた。

 今更ながらに彼の言葉が思い出されて赤くなる顔を見られまいと慌てて俯いた。全国ネットで放送なんてされたらもう外に出られない。

 「お返事ならこの場でされていはいかがですか?」

 1オクターブ高い声でリポーターに勧められるが、それだけはイヤだと強く思う。そんな事、羞恥プレイにもほどがある。
 あたしの意志を伝えようと、隣にいる帝君のスーツを僅かに引っ張る。

 それで伝わったのだろうか、彼は困ったように小首を傾げて、

 「断られたら恥ずかしいので、すみませんがそれは出来かねます」

 茶目っ気たっぷりに言った。不覚にも可愛いと思ってしまったのはどうやらあたしだけではないようで、報道陣達も呆けた様に言葉を失っている。
 その隙に警備員の手も借りながら、何とか報道陣を振り切る事が出来た。

 会見場とは違い、無人の会議室に帝君と二人避難し、ホッと一息つこうとした矢先だった。

 「じゃ、返事を貰おうかな」

 爽やかに言った悪魔があたしの腕を痛いほど強く掴んで来た。痛みに文句を言おうとしたが、彼の漆黒の目が言っていた――マジ断りやがったらぶっ殺す、と。

 あまりの眼光の鋭さに、咄嗟に視線を外して思う・・・あたしに拒否権はない、と。  











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