7
「どう言うつもり?」
息を整えるのを待っている余裕すらなく、あたしは詰め寄った。
必死に逃げて、ようやく取材陣を巻く事が出来た。ここがどこかは分からないが、今はそれどころじゃないんだ。
「・・どう、言うって・・・?」
思い当たらない、と言う風に首を傾げる流架君に眉を寄せる。とんでもない事をしたと言う自覚は無いらしい。
「カメラの前であんな事言うなんて・・・ただでさえ大変な時に」
しっかりカメラに撮られてしまった。あの映像も絶対放送される。そうなったら婚約の話がますます過熱するに違いない。帝君もどう思うか・・・。
「・・だって、本当、だから」
「え?」
今後の事を必死で考えようとした矢先、彼の寂しげな声が鼓膜を打つ。
「・・・茉莉の事、好きって・・聞かれたから・・嘘、つけない」
「何言ってるの?友達でいようって・・応援してくれるって・・」
呆然と呟くと、流架君は痛々しいくらいに顔を歪めた。
「オレは、まだ・・茉莉の事が、好き。友達になろう、したけど・・無理、かもしれない」
俯いて両手を握り合わせる。それは祈りにも似て、あたしの心を揺さぶる。
「考える。オレならって。オレなら、茉莉苦しめない、泣かせない。誰も反対しない、て」
「止めて」
「茉莉、あいつといると、泣いてばかり。もっと、楽しく出来る、はずなのに」
「言わないで」
これ以上流架君の声を聞きたくなくて、耳を塞ぐ。だって、それはあたしが考えて、だけど決して考えちゃいけない事だったから。
帝君とは絶対結ばれない。あたし達は義姉弟で、将来はお互い財閥の利益となる人と結婚するんだ。なら、今だけでも、と思ってもまた引き離される。あたしと彼の関係を認めてくれる人なんていない。
でも、流架君なら。相手が流架君なら簡単に恋人だと公言出来る。誰にも反対されずに認めてもらえる。その事実はあたしに現実を思い知らせた。やっぱり、って。やっぱり帝君とじゃ無理なんだって。
こんなにも苦しい思いをして、周囲に隠しながらでも関係を続けていいのだろうか。あたし達の恋心だけじゃぁどうしようも出来ない事もある。立ちはだかる様々な壁を壊す力は、まだ無いんだから。
「でも、でも、あたしは彼が好きなの。どうしようもないくらい。許されない事だって分かってるけど、未来なんて無いって分かってるけど」
だから、お願いだから言わないで。あたしは弱いから流されてしまう。楽な方へ、傷付かない方へ流されてしまうから。
「ごめん・・・駄目、だねオレ・・・茉莉、泣かせてる」
泣かせないって言ったのに、と呟く彼の声で自分が涙を流している事に気付く。
「止めて・・・お願いだから」
涙を拭おうとする流架君の手を押しとどめる。今優しくされたら傾いてしまう。
「・・・ごめん、今日は帰るね」
目は腫れて、もうすぐ1限目が終わる頃だろう。今更学校へ行く気も授業を受ける気もわかない。それよりも家に帰って自室で考えたかった。
流架君はあたしの気持ちを察してくれたんだろう、手を引っ込めて小さく頷いた。
「分かった」
「うん・・・あ、鞄」
ホッとしたのもつかの間、鞄を忘れている事を思い出す。携帯電話もその中に入っている。
鞄が無ければ連絡をつけられない。だけど、まだ取材陣が門の辺りにいるかもしれない。
「使って」
悩むあたしの前に流架君が差し出したものは、彼の携帯電話。
「声、かけたオレが悪いから。鞄は、後から届ける」
「・・・分かった。うん、ありがとう」
素直に申し出に甘える事にする。断っても譲らないと思うから。
携帯電話を借りて佐々木さんに電話をかける。送り届けてすぐにまた迎えに来て欲しいなんて、彼も不審に思うはずなのに何も言わずにいてくれるのが嬉しい。
電話を切って流架君に返しながらお礼を言うと、彼は小さく笑みを浮かべた。
「・・・これだけは、覚えてて。オレは、茉莉の味方。困らせて、ごめん」
「うん・・・あたしこそごめんね。婚約者のふりしてもらっておいて勝手だった」
言って、駐車場へと移動するあたしの背中に流架君の声がかかる。
「オレは、ふりが本当に、なっても・・・いい。茉莉なら、いいよ」
「!」
その声ははっきりと耳に届いたけれど、あたしは振り返らずにあえて聞こえないふりをした。
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