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「またね、今日は本当にありがとう」
「ん。じゃぁ」
言って、眠そうに目を擦りながら帰って行く流架君の背中を見送りながら、あたしは安堵の息を吐いた。
パーティでの流架君は完璧だった。きっと誰もが彼があたしの彼氏なんだと分かっただろう。明さんとママにも簡単に挨拶をして認めてもらえた。
まさか、こんなにスムーズにいくとは思ってなかった。流架君がここまで演技が上手いとも知らなかった。
罪悪感は勿論まだあるけど、これで当分は婚約話なんて出てこないと思う。二人が海外に行って、タイミングを見計らって別れたと言う事にすれば万事上手くいくと思えた。
だけど、それは大きな間違いだったんだ。
いい加減に眠気がピークだったあたしは自室で仮眠していた。そのまま夕食頃まで眠ろうと思っていたんだけど、突然帝君に起こされて、それはかなわなかった。
「茉莉、起きろ!」
揺り動かされて目を僅かに開くと、珍しく血相を変えた帝君がいた。ここまで焦っている彼は今まで見た事がないかもしれない、とぼんやり思いながら起き上がる。
「何・・・?まだ昼過ぎだよね・・もう少し寝かせてよ」
何を焦っているのかは知らないけれど、今はそれより何より睡眠が大切なんだ。まだ数時間しか眠っていない。眠気はまだ収まらない。
「眠ってる場合じゃねぇ!テレビ見てみろ!」
再びベッドに横になろうとしたあたしを引っ張り起こして、彼はリモコンを手に取った。
あたしの部屋には大きなプラズマテレビがある。前の家では考えられなかった事だけれど、この屋敷では一部屋に一台はあるようなので、もうすっかり慣れてしまった。
そのテレビを付けて、チャンネルを変えていくと、画面に大きく映し出された顔にあたしの眠気は一気に吹き飛んだ。
だって、そこに映っていたのは――
「あ、たし?」
着物を着て、隣には流架君がいる。今朝行われた新年のパーティの映像であるらしい。
「メディアが来ていたんだ。久々に夫婦そろって日本にいたからそっちに目が行っていると思っていたんだが、まさかお前まで撮られているとはな」
甘く見ていた、と舌打ちをする帝君の言葉をあたしはどこか遠くで聞いていた。ようやく納得出来た気がした、自分が桐堂家の者になったのだと言う事を。
呆然とテレビを見つめていると、映像が切り替わり、ニュースキャスターとコメンテーターが話し始めた。
『先日、帝さんが婚約するのではないか、と報道致しましたがどうやらお姉さんである茉莉さんの方が先になりそうです。しかもお相手は将来世界的なヴァイオリニストになるのでは、と言われる御影流架さんとは、驚きですね』
『二人は同じ学園に通っています。まだ詳しい情報は入って来ていませんが、学園内でも一緒にいる事がしばしばあったようですよ』
『正式に婚約の発表が出るのも近いかもしれませんね。そうすれば、大財閥と大病院が提携を結ぶと言う可能性も出て来ます。日本の経済にとっても何らかの影響が―――』
話の途中で、帝君がイラついたようにテレビを消した。テレビの音がなくなると、部屋は無音になる。帝君は話し出そうとはしない。
痛いくらいの沈黙に耐えられなくて、あたしは頑張って明るい調子で帝君に言った。
「こ、こんなのただのワイドショーでしょ?芸能人でも付き合ってもない人とニュースになる事ってあるみたいだし、大丈夫でしょ」
だけど、帝君は暗い表情のままこっちを見てくれない。だから不安になる。そんなにも今のニュースが不味い事なのかと。
「・・・大丈夫だよね?」
いつも通り、意地悪そうな笑顔で大丈夫だって言ってよ。
でも、顔を上げた帝君を見てあたしは事態の深刻さをようやく理解したのだ。
「ただの噂じゃなく、彼氏だって紹介したんだ、簡単には別れられない。変にスキャンダルを起こせば財閥の株価にも影響が出るかもしれない」
「え・・・?」
「こうなれば親父は本格的に御影流架との婚約話を進めるに違いない。それを断る理由はないだろう、二人は恋人って事になってるんだから」
婚約をしないためにした芝居が、まさかこんな事になるなんて夢にも思わなかった。
ベッドの上で力なく座り込みながら、あたしは帝君との恋が壊れていく音を密かに聞いた気がした。
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