「新年明けましておめでとう・・・乾杯!」

 明さんの号令で皆一斉に手に持ったグラスを掲げてシャンパンを飲み干す。未成年のあたしはオレンジジュースだったんだけども。

 乾杯も済んで、打ち解けた雰囲気の中談笑する人々をぼんやりと見てから目線を隣に移す。

   「本当にごめんね、流架君」

 あたしの横には目をうつろに瞬かせる流架君がいる。
 勝手な都合でパーティに参加してもらった。急だったからあまり寝ていないんだと思う。寝るのが趣味のような彼なのに、大丈夫なんだろうか。

 「流架君?聞いてる?」

 と言うか、起きてる?
 目の前で手をヒラヒラとしても全く反応しない。あたしの声もどうやら聞こえていないようだ。

 いくらなんでもパーティで立ったまま寝られるのは不味い、と少し強く肩を揺さぶるとハッとしたように栗色の瞳が光を取り戻した。

 「・・・茉莉・・・?」
 「ここはパーティ会場だよ、大丈夫?」
 「・・・ん。おはよ」

 駄目かもしれない。

 こっそり溜息を吐きながら、横目で流架君を見る。ワインレッドのスリムスーツは彼の白い肌に映えて、スタイルの良さを引き立てていた。眠そうにしていても、そのトロンとした眼差しに妙な色気があるから不思議だ。

 周りにいるどこぞのご令嬢達も頬を染めて口々に何やら囁いている。一応あたしの彼氏と言う事になっているからあからさまにアプローチをかけてくる事はないけど。

 彼氏役を頼むと、流架君はすぐに承知してくれた。特に理由を聞くわけでもなく、気軽に。

 あたしとしては助かるんだけど、流架君が本当はどう思っているのか考えてしまう。彼に甘えすぎてる事は分かってるから。

 「頼んだあたしが言うのもなんだけど、本当に良かったの?無理なら断ってくれてよかったんだよ?」
 「だいじょぉぶ。・・茉莉、困ってるの助けたい、から」
 「流架君・・・」

 彼の澄んだ瞳が直視出来ずに思わず俯く。
 流架君がいい人過ぎて、困る。あたしは彼を利用してる、嫌な人間なんだって思い知らされるから。

 負の感情を拭い去るために残りのオレンジジュースを一気飲みする。だけど、パーティのために再び着た着物の帯がきつくて、思わずむせてしまった。

 「うっ・・けほ、けほ」
 「茉莉・・・!」

 流架君が背中をさすってくれたけど、気管支に入ったのか、かなり苦しい。
 きっと周りの人達も呆れてるんだろうな、と思ったら咳き込みながらでもこの場から逃げ出したい気持ちにかられた、その時だった。

 「大丈夫ですか?」

 聞き覚えの無い男性の声が降って来る。ちょうど咳も収まり、胸を押さえながら見上げた先にいたのは20歳くらいの男性だった。

 仕立てのいいスーツを着こなし、ニコリと笑うその顔は帝君や流架君に比べると平凡なものだったが、とても優しそうに見える。

 「あの、失礼ですが・・・」
 「あぁ、すみません。初めまして、僕は和泉隆人です」

 その名前に聞き覚えがあった。あたしに今日、会いたいと言っていた、どこぞの企業のご子息だ。まさかこんな優しそうな人だとは思わなかった。

 彼は驚くあたしから視線を外すと、流架君に向き直った。

 「君の事は知っているよ、有名人だからね。まさか、二人が付き合っているとは思ってなかったけど」

 和泉さんの瞳の奥に挑むような光を見つけてあたしは焦った。きっと、帝君が言うようにあたしはフリーだと調査したんだろう。ここで失敗すれば流架君と付き合っていない事がバレてしまう。

 しっかり演技しないと・・・!!

 密かに意気込んで、足を踏み出そうとした刹那、肩を引き寄せられ、気が付くと頬に質の良いスーツの感触があった。
 驚いて顔を上げると流架君の精悍な顔が見える。そこにはもう寝ぼけていた彼はいない。

 「・・・最近、付き合い始めたけど、何?」
 「それは知らなかったよ。どっちから告白したんだい?」
 「・・俺から・・・俺が、彼女を、好きになった」

 ドキリ。

 これは演技だと分かっていても心臓は素直に大きく跳ねた。
 流架君はあたしの震える肩をさらに強く引き寄せると、再び口を開く。

 「・・・誰にも、渡す気、ないから」

 知らなかった・・・流架君って演技得意なんだ。彼の言葉はまるで真実のように聞こえ、あたしの心に響いてくる。
 それは和泉さんも同じだったようで、ふと表情を緩めると、

 「僕の入り込める場所はないみたいだね。お邪魔だろうから、もう退散するよ」

 手を振って人ごみの中に消えて行った。どうやら、バッチリ騙せたらしい。

 「・・これで、いい・・よね?」

 言って、小首を傾げて淡く微笑む流架君にあたしは何度も頷いた。











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