「・・ちゃん・・茉莉ちゃん?」
 「・・え?」

 帝君にばかり気をとられていたのでママが呼んでいる事に気付くのが遅れてしまった。

 「ごめん、何?」
 「んもう帝君ばかり見てるからよぉ?ママ達の再婚をどう思うか聞いたのよぉ」
 「なっ・・・!」
 確かに帝君を見ていたのは事実だが、そんな大っぴらに言わなくてもいいではないか。
 あたしは赤い頬を隠すように俯き加減で帝君を盗み見る。

 先程感じた冷たいものはもう影を潜めて暖かい笑みであたしを見ている。

 「僕も茉莉さんももちろん賛成ですよ。ね、姉さん?」

 にっこりと促されて反射的に頷いてしまった。その瞬間にママの歓喜の悲鳴が室内に響く。

 「きゃぁ〜、ありがとう茉莉ちゃん帝君!良かったですわね、明さん」
 「そうだね。僕からもお礼を言います。茉莉ちゃんもこれからは気軽に父と呼んでく下さいね」

 無理だと思いつつもあたしは笑うしかなかった。一日に色々な事がありすぎて、もう思考回路がついていかない。

 そっと溜息を吐きつつ紅茶を一気飲みしていると、ママの口からさらなる衝撃発言が飛び出してきた。

 「じゃぁさっそく引っ越さないとね」
 紅茶を噴出しそうになるのを必死に堪える。
 「ひっ・・・引っ越し!?」
 「そうよぉ?結婚したら明さんのお屋敷に住む事になってるの。とぉっても大きいのよぉ茉莉ちゃんも驚くと思うわ〜」

 あたしがこんなに驚いているって言うのにママは事も無げに言ってのける。本当にこの人の娘を辞めたいと思っていた時、あたしは重要な事に気付いた。

 「あたしは高校そのまま通ってもいいんだよね?」
 お願いだから頷いてくれ。この上学校まで代えるなんてお約束な展開はいらないわ。

 だが、ママはきょとんとした後何を言っているのとばかりに、
 「当然帝君と同じ星城学園に通ってもらうわよ?桐堂邸は茉莉ちゃんの高校とは離れてるもの」
 言いやがった。あたしが一番恐れていた事を。

 なぜか高校の皆の顔や思い出が走馬灯のように頭をよぎる。皆ミーハーだったけど、いい奴だったわ・・・。
 次に星城学園に通う自分を思い浮かべてみた。
 高笑いや縦ロール、ブランド三昧のお高くとまった女子生徒の中でひきつるあたし。きっと男子生徒も変なのばっかりだわ。

 あくまでイメージだったのだが、なぜか本当にそんな気がしてくるから怖い。

 あたしは泣く思いでママに抗議した。
 「それだけは嫌!だったらあたしは一人暮らしする!!」
 「何を言ってるの!?そんな事許せるわけないでしょぉ!?」

 突然の親子喧嘩に桐堂親子は目を白黒させていたが、やがてやんわりと明さんが止めに入った。
 「僕は茉莉ちゃんに無理に星城に通わせる事もないと思うよ。茉莉ちゃんにだってお友達が沢山いるだろうしね。だけど、女の子の一人暮らしには賛成出来ないな」

 家にいる調子で喧嘩を始めてしまった事にあたしもママも恥ずかしそうに口を噤む。

 明さんは諭すように頷いてから続けた。
 「茉莉ちゃんは僕が責任を持って学校まで送らせるから、一人暮らしなんて言わないで僕達と暮らそう。・・・どうかな?」

 それはあたしにとっては願ってもない事だったが、ママはどうやら違ったようだ。

 「そんなご迷惑かけられません!茉莉ちゃんは私が説得いたしますから・・」
 「迷惑なんて思ってませんよ。僕達は夫婦になるんですから何でも我侭言って下さい」
 「明さん・・・」

 見詰め合う二人。子供のいる前で止めて欲しい。げんなりと前を見ると、帝君も戸惑い気味だ。
 あたしがわざとらしく咳払いをしたところでようやく我に返った二人は焦った様に視線を外した。

 世界が違うと思っていた明さんに親しみが持てて、あたしは少しホッとした。




 慣れない食事が終わってレストランを後にしたところで明さんがそうだ、と切り出した。
 「今日はもう遅いですから、僕の家に泊まっていきませんか?明日は幸い休みですし」

 ママはもちろん大賛成したので、あたしが断るわけにもいかずに今日は桐堂邸に泊まる事となった。







 「でかっ!!」

 桐堂邸を見た第一声がこれであった。あたしの家とは比べ物にもならないくらい大きな洋風の屋敷と噴水のある広大な庭、屋敷は左右対称になっており、窓は数え切れないほどある。

 凄いだろうとは思っていたが、ここまでとは思っていなかった。星城学園に通う生徒は皆こんな家に住んでいるのだろうか。

 さらに驚いた事には、百人はいるだろうメイドや執事があたし達の帰りを待っていたようにズラリと並んでいた。漫画の世界だけのものだと思っていたあたしにとっては正に開いた口が塞がらなかった。


 こんな所に本当に馴染めるのかしら。


 やっぱり再婚に反対すればよかったと密かに溜息を吐くあたしであった。  











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