6
あたしたちが優雅にティータイムを楽しんでいると、コツコツと言うヒールの音が後ろから聞こえてきた。
ママ達が来たのかと後ろを向こうとした時、突然背中に重みが加わって腕が首に巻きついてくる。
あたしは手にティーカップを持っていたので、その衝撃で中の紅茶が少し零れてしまった。
「熱っ」
零れた紅茶が数滴、短くしたスカートから伸びた足に落ちて、あたしは思わず声を上げる。
「ごめんなさい、茉莉ちゃん大丈夫!?」
ママは焦った様に絡ませていた腕を外してあたしを心配そうに覗き込んできた。その潤んだ瞳が今は憎い。
ママには応えずに、紅茶のかかった箇所を拭こうとポケットを探るが肝心のハンカチが出てこない。
あれ?と思いながらポケットを弄っていると、横からハンカチが差し出された。見ると、かなり高級そうな男性物のハンカチであたしは驚いて顔を上げた。
そして、その持ち主の顔を見て、あたしはさらに驚いた。
「み、帝君・・・?」
いや、違う。よく似てはいるが、帝君ではない。
帝君を大人にした感じの顔に、品のいいスーツ。そしてあの王子スマイル。
これはもしかして・・・
「初めまして、茉莉ちゃん。僕は桐堂明と言います」
心地よいバリトンの声にうっとりしているあたしに、使って下さいとハンカチを渡す姿は帝君以上に絵になる。
「ありがとうございます・・・」
ポーっとしながら受け取って、足を拭いているとママが耳元で囁いた。
「カッコいいでしょう?」
嬉しそうに頬を薔薇色にして微笑むママは今朝と同じく恋する乙女オーラ全開である。
今朝は何歳だよ、と呆れもしたが、今はそれも仕方がないなんて思ってしまう。そのくらいこの桐堂明と言う人物は素敵だ。
顔は15歳の息子がいるなんて思えないくらい綺麗で若く、背が高くてスタイルも抜群だ。足なんてそこらへんのモデルよりも長いし。
もちろん姿形だけではない。初対面でも分かる、穏やかで優しい雰囲気に落ち着いた物腰。社長だけあって威厳もあり、正にパーフェクトだ。
よくこんな人がボケボケのうちのママなんて選んだなぁと優雅に席につく桐堂さんを見ていたので、あたしはある違和感に気付いた。
桐堂さんの横の席に座っている帝君の様子が少し変なのだ。
ぱっと見は笑顔なのだが、笑っているのは口元だけで目は全くと言っていいほど笑っていない。
むしろ何か暗いものを孕んでいるような危なげで冷たい瞳だ。
あたしはそんな帝君に声をかけずにはいられなかった。
「帝君?気分でも悪いの?」
「・・え?」
あたしの方を見た帝君の目はもう元通りに微笑んでいた。先ほどはあたしの気のせいだったのかしら。
「ううん。大丈夫ならいいの。ごめんね」
笑んで軽く手を振ると、帝君はそうですか?と言ってまた笑顔を見せてくれた。
その笑顔にあたしはまたほんの少し違和感を覚えた。
帝君の笑顔って何だか違う気がする。
「・・・無理して笑わなくていいのに・・」
「!」
目の前の帝君の顔が驚きに染まっていくのを見て、あたしは思ったことを口に出して言ってしまった事に気付いた。
「あ、ごめん。何でもないの。気にしなくていいから」
そう言えば、先ほどのようにまた笑顔で返してくれると思っていた。
しかし、帝君は相変わらず驚きに顔を強張らせながら何も言ってはくれない。
不安になって、もう一度声をかけると今度はちゃんと反応を返してくれた。
「あ、すみません。少し呆けていたようです」
苦笑いをする帝君にホッと胸をなでおろしていると、隣にいたママが肘であたしをつついてきた。
「茉莉ちゃんたら、いつのまに帝君とそんなに仲良くなったのぉ?何だか怪しいわぁ〜」
「はぁ!?」
「でも帝君とは兄弟になるかもしれないけど、義理だから全然OKよ?むしろママは大賛成だからね!」
いきなり何を言うのだ、この色ボケは!あたしはまだしも帝君に失礼じゃないか。
「ごめんね。ママったら自分を棚に上げて・・・」
「僕は別にかまいませんよ?」
「・・・・・はへ?」
素っ頓狂な声を上げた事も気にしていられないくらい、あたしは驚いた。
帝君、今なんて言った・・・?
ママが何か甲高い声で、やっぱりーとか訳の分からないことを叫んでいるのが遠くに聞こえる。
ぼけーっとただ帝君を見つめるあたしに彼は今まで見たこともないような、背筋がゾッとなる笑みを浮かべた。
今思うと、それが全ての始まりだったのだ。
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