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「・・茉莉さん?」
完全に凍り付いていたあたしを気遣ったような声は目の前の少年から発せられた。
少年を食い入るように見詰めていたあたしは、はっとして慌てて顔を背けた。頬が熱いのが分かる。
あたしの失礼な態度にも桐堂帝と言う少年は目を細めただけで、特に気にした様子はない。クスリと笑うと、皆が息を潜めて見守る中、手を差し出した。
さながらダンスを申し込むように優雅にゆっくりと―――
幼い時から密かに夢見ていた事と目の前の光景とが重なり合い、あたしは当然のようにその手を取っていた。
「詳しいお話は場所を移してからします」
あたしの手を軽く握ると、流れるような動作で人垣から離れて校門を後にする。
美子が心配そうにあたしを見ていたけれど、今のあたしはそれに心を配る事が出来なかった。
校門を出て少し歩いたところに運転手らしき男の人と真っ黒なリムジンが停めてあった。
運転手の人はあたし達を見ると、すぐにきびきびとした動作で後部座席のドアを開けた。
こんな高級車、今まで見た事もなかったあたしは少し焦ったが、教室での会話を思い出した。
超お金持ち学校、星城学園
そして、今さらながらに思う。
何でそんな人があたしなんかに?
慌てて上を向くと、極上の笑みが待っていた。
「取り合えず、車に乗って下さい。お話はそれからです」
逆らえるはずがなかった。ドキドキしながら初めてのリムジンに乗り込むと、少年も乗り込んで運転手さんがドアを閉める。
運転席と遮断されているので、まるで密室に二人で閉じ込められたみたいだ。
緊張と不安でどう切り出せばいいのか分からずにいるところに少年が口を開いた。
「改めまして僕は桐堂帝と言います。桐堂明の息子です」
え――――――?
桐堂帝と言う名前には聞き覚えが無くても、桐堂明と言う名前には少なからず聞き覚えがあった。
口元に手を当てて考え出したあたしを見て、桐堂帝は頭を傾げる。
「お母様から伺いませんでしたか?再婚の件を」
再婚と言う二文字であたしは思い出した。明と言えば、ママの再婚相手の名前ではないか。
「き、聞きましたけど・・あまり詳しくは聞いてなくて・・」
言いながら思う。この少年の父親と言う事ならどこかの会社の社長なのだろう。こんなお金持ちが再婚相手だなんて、何でそんな大事な事を言ってくれなかったんだろう。
ママを恨めしく思うが、あの人なら仕方ないのかも。あのボケっぷりじゃぁね・・・。
そっと息を吐いてぼんやりと外を眺めるあたしだったが、
「では、今夜の食事の件については聞いていますか?」
と言う言葉に窓から視線を外して少年の顔を見る。
それで察知したのか、桐堂帝は苦笑いをした。
「どうやら聞いていなかったようですね。今夜は僕と茉莉さんと愛美さんと父さんで食事をするんですよ、顔合わせもかねて。それで、僕が茉莉さんをレストランまでエスコートするように言われたんですが、何やら色々とご迷惑をかけたようで・・・」
学校でのあの騒ぎの事を言っているらしい。
「そんなの全然気にしなくていいですよ。女子校のサガっていうか、ツネっていうか・・・そんなものですから」
「そうですか・・・それならよかったです」
そしてまた、ニッコリと笑う。
こうして笑っていると、本当に幼く見える。そういえば、一体いくつなんだろうか。もしかしたら兄弟になるかもしれないのだから、これは結構重要な事だ。
聞いてみると、少年は朗らかに笑った。
「僕は15歳、高校1年生です。茉莉さんは高校2年生ですよね?ですから、敬語なんて使わなくていいですよ。僕の事も帝って呼んで下されば結構ですから」
言って、姉さんって呼んでもいいですか?まだ早いかな?なんて聞いてくる。
あたしなんかより全然大人っぽくて落ち着いているから、てっきり年上だとばかり思っていたので、これには驚いた。
しかし、ずっと兄弟が欲しかったあたしとしてはその申し出が嬉しかった。
「ううん。そう呼んでもらうと嬉しい。私も帝君って呼んでいいかな?」
その時のあたしは、再婚相手の子と仲良くなれるかと言う不安が一つ消えたことに安堵していたせいで、帝君の笑顔の違和感に気が付かなかった。
「嬉しいです。・・姉さん」
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