3
悶々と考えている内に時間は過ぎていき、気が付いたらもう授業は全て終わっていた。
それぞれ帰る支度や部活の用意をする中、あたしはまだ前の授業の教科書を机の上に出したまま一人、ボーッとしていた。
「茉莉ちゃん?帰らないの?」
美子に問われて、あたしはようやく今が放課後である事に気付く。
「あぁ、ゴメン。ちょっとボーッとしてた」
美子は困ったように微笑む。
「まだ考えていたの?」
「うん・・・」
「今考えても仕方がないでしょう?会ってからでも遅くないわ」
「・・そうだよね・・」
帰ろう、と教科書を鞄の中に仕舞っている時であった。廊下の方からバタバタと数人の足音が聞こえてきたのは。
足音はこの教室の前で途切れ、勢いよくドアが開けられた。
バタンと言う音が教室中に響き、中に残っていた人は皆、ドアに注目をする。
ドアには同じクラスの女子数人が息を切らしながら立っていた。
何事かと聞く前に、一人の女子が言葉に詰まりながら興奮した様子で教室中に言い放った。
「こ、校門のところに星城学園の男子が立ってるのよ!それも、すっっごくカッコいいの!」
一瞬にして教室中がどよめきに包まれた。
頬を染めて喜ぶもの。目を見開いて驚くもの。
反応はそれぞれだったが、あたしは何がそんなに驚く事なのか分からなかった。
他校の男子生徒が校門で彼女を待っていることなんて良くある事ではないか。
言うと、騒いでいた皆が一斉にあたしの方を見る。その顔には信じられないと言う文字が書かれているようだった。
「やだっ、茉莉あんた星城学園を知らないの!?」
「信じられない〜!」
非難の眼差しを受けて、あたしはたじろぎながら隣の美子に助けを求める。
「茉莉ちゃんたら・・・。星城学園って言うのは、幼稚園から大学までエスカレーター式の超セレブ学園なの。日本を代表する会社の御曹司や令嬢しか通えないと言われてるわ」
「セレブ・・・」
呟くと、皆がすごい剣幕で捲し立てた。
「そうよっ!私達とは住む世界が違うのよ!」
「超玉の輿よぉ!」
「一体誰の彼氏なのかしら!羨ましい〜!」
こんな女子校のノリについて行けず、あたしは鞄を手に取る。
興奮冷めやらぬ教室を出れば、少しは落ち着けるかと思ったが、それは間違いだった。
どのクラスでも騒ぎになっているらしく、廊下にもその声が漏れて、もう学校中が大騒ぎと言う感じだ。
普通なら一緒になって騒いだりするのだろうが、あたしはそうゆうのに興味ない。
・・・ないんだけど、帰る時は校門を通らなければならないし、皆があんなに騒ぐほどカッコいいなら少し見てみたい気もする。
上履きを履き替えて校舎を出ると案の定、人だかりが出来ていた。
よく見ると、皆遠巻きに見ているだけで誰も近づいて話し掛けようとはしないようだ。
これじゃあ顔を見ることも叶いそうに無い。
少し残念に思いながらも美子と二人、門を通り過ぎようとすると、突然大きな歓声が上がった。
何事かと歓声の方に目を向けると、そこには一人の少年が立っていた。
漆黒の髪はサラサラと風になびいており、切れ長の目は長い睫毛で縁取られている。
大人びているが、少し幼さの残る繊細に整った顔には小さな笑みを浮かべて、こちらに歩いてくる。
今までこんなに綺麗な男の子は見た事が無かった。
それはまるで一枚の絵画のようで、目の前で起きている光景が信じられずに、あたしは呆然と足を止める。
そんなあたしの前まで来て、少年は黒曜石のように澄んだ瞳でこちらを見下ろして来た。
あたしと目が合った瞬間、少し驚いたような顔をしたと思ったのは気のせいだったようだ。瞬きをした一瞬に、また笑みが戻っていたのだから。
「・・宮川茉莉さん?」
ひどく静かな声だった。
あたしは壊れた人形のようにと首を立てに振ることしか出来ない。
少年はいっそう笑みを深くして言った。
「初めまして。僕は桐堂帝と言います」
その瞬間、自分だけの王子様が現れた気がした。
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