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「茉莉ちゃ〜ん」
ちょうどフライパンに卵を落とした時、後ろから声がかけられた。
「茉莉ちゃんってば〜」
この独特な甘え声であたしを呼ぶのはこの世で一人しかいない。
つぶれてしまった卵を恨めしく見た後振り返ると、予想通り満面の笑みを浮かべたママが両手を胸の前で合わせて立っていた。
「何?朝ご飯ならまだだよ」
「違うわよ〜。ちょっと茉莉ちゃんに大切なお話があるの」
「大切な話ぃ?」
あたしはげんなりした。
と言うのも、ママの大切な話って言うのはいつも、今日の服はどれがいいか、とか今日の髪型は、とかそんな事ばかりだから。
それに今日はちょっと寝坊したからママのたわごとに付き合ってる暇はない。そんなことをしていたら遅刻は決定的だ。
そう思い、無視を決め込もうと、またフライパンに向かったけれどママは気にせずに話し始めた。
「あのね〜、今年でパパが亡くなって15年でしょう?」
?・・・無視無視。
「ママ、今まで茉莉ちゃんを育てるので精一杯だったんだけど〜」
あたしはあなたに育てられた記憶がないんですけど。
「茉莉ちゃんも今年で17歳でしょう?もう大人よね」
あっやばい、卵が焦げ始めた!火消さないと!
「だからママ、思い切って再婚しようかと思って・・・」
卵が――――――――――・・・・・・ん?
今この人は何て言った?
「茉莉ちゃんなら賛成してくれるわよね?」
「ちょっ、ちょっと待って!!」
あたしは慌てて振り返ってママに詰め寄った。もう目玉焼きどころじゃない。
「今、再婚って言った?」
「言ったわよ?」
「そっそんなの聞いてないよ!!」
「だって言ってないもん」
「もんって・・・」
眩暈がしてきたのは、きっと気のせいなんかじゃない。
あたしが思わずテーブルに凭れ掛かると、ママはあらあらどうしたの?なんて言いながら顔を覗き込んでくる。
あたしは頭を抱えながら椅子に座る。
「一体何でそんなことになったわけ?」
あたしが力無く尋ねると、ママは少し頬を染めながらあたしと向かい合うようにして腰をかけた。
「三ヶ月前くらいかしら、明さんに出会ったのは。ママが傘が無くて困っていたら声をかけて下さったのよ。・・・それから何回かお会いするようになって、昨日突然言われちゃったの・・・結婚して下さいって・・」
その時の事を思い出しているのか、恋する乙女の顔をして話すママを見ているうちにあたしはだんだん落ち着きを取り戻してきた。
「今すぐってわけじゃないのよ。明さんにもお子さんがいらっしゃるし、ちゃんと茉莉ちゃん達に認めてもらってから結婚したいって・・・」
こんな人だけど、パパを早くに亡くしたからあたしを育てるのに苦労したんだろう。
こんなに幸せそうなママを不幸にする事なんて出来るはずない。
「ママ。あたしは反対なんてしないよ」
あたしが軽く笑顔を見せながらそう言うと、ママは一瞬驚いた顔をした後本当に嬉しそうに微笑んだ。
それに答えるように頷いて、あたしは椅子から立ち上がった。
「茉莉ちゃん・・・」
「詳しい話はまた聞くわ。今は学校に遅刻しそうだから急がないと」
朝ご飯は適当に食べて、と言いながらすばやくソファーの上に置いておいた鞄を手に取る。
あらかじめ制服は着てあるから、すぐにでも学校に行ける。
「行って来ま〜す」
玄関を出て行こうとするあたしに向かって、ママは珍しく慌てたように何か口走っていたけどすぐにドアを閉めてしまったからよく聞き取れなかった。
ママの様子がちょっと気になったけれど、もう一度ママの顔を見る気にはなれなくて、あたしは小走りで学校に向かう。
ママにはあんなこと言ったけど・・・
今ままでずっと二人で頑張って来た。それが突然崩れてしまいそうで。
ママの見たことも無い少女の顔が何だかあたしのママじゃないみたいで。
・・・本当は、ママを誰かに取られるのが嫌なのかもしれない。
そんな事を考えながらあたしはいつもの通学路を駆けて行った。
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