授業の終了を告げるチャイムが鳴ると、教師はすぐに教室を出て行き、室内は生徒達の喧騒に包まれた。

 紫織はホッと一つ息を吐くと、授業中ずっと考えていた事を思い返した。
 朱里の話を聞いてから教師の話など全く耳に入ってこなかった。彼女の頭の中は真実をどのようにして突き止めるかということでいっぱいだったのだ。

 鞍馬側にいる2週間の間に出来る限り情報を集めたいと思った。だが、そのためにはどうすればいいのか。

 「あの・・・朱里さん」

 一人で悩んでいても解決はしないと思い、隣でいまだ鏡を眺めている美女に声をかける。

 「何ですの?化粧室なら・・・」
 「違います、あの・・・鞍馬の歴史に関する書物だったりそれに詳しい方はいませんか?」

 突然の申し出に当然朱里は形の良い眉を不審げに寄せた。

 「それを知ってどうするつもりですの?橙夜様の不利になる事なら教えるわけにはいきませんわ」
 「私はただ、両家の歴史認識が違う事が気になって、真実を知りたいと思って・・・。それが両家が和解するきっかけになるかもしれませんし」

 言った紫織の目を朱里は鋭く射抜く――彼女の言が真実か否か見定めるように。
 永遠とも言える無言の尋問が終わると、朱里はゆっくりと立ち上がった。

 「歴史研究なんて美しくない趣味、私にはありませんわ。ですが一人、そのような事を趣味にしている奇特な者がいますの」

 そっけなく言い放ち、足早に教室を出て行こうとする朱里に慌てて付いて行く。
 さっさと歩いて行く朱里と小走りに付いて行く紫織という構図に廊下にいた生徒達はぎょっとして道を譲る。

 どこまで行くのか検討もつかない紫織はまさか校舎から出るのでは、と不安を感じたが、それは杞憂に終わった。

 ここですわ、と朱里が立ち止まった部屋のプレートには、保健室の文字。

 保健室と歴史に何の繋がりも見出せない紫織は戸惑ったが、朱里は気にせず堂々と入って行く。

 「椎名!どこにいますの?」

 朱里がふいに呼んだ椎名と言う名に聞き覚えがあるような、と紫織が思った刹那、目に飛び込んできたものに彼女は言葉を失った。

 彼女の記憶する保健室とはまるで違っていたからだ。広い部屋には数え切れないほどのベッドがあり、手術台と思しきものまである。それは保健室と言うよりは病院と言った方が正しいように思えた。

 そして扉を隔てて隣の部屋には膨大な数の本が収められていた。図書室は別にあるので、これは個人が所有するものなのだろう。

 「椎名!」

 目的の人物を探しに部屋の奥に行く朱里を追いかけながら両サイドから迫ってくるほどの本に目をやる。
 医療系の本なのだろう、外国語で書かれたものが多い中で目に付く歴史系の書物から、椎名と呼ばれる人物に思いを馳せる。

 椎名と言う名の知り合いはいない。だが、どうにも気にかかる。どこかで聞いた覚えがあった。それはどこで――

 「椎名!またこんなところに・・・起きなさい!」

 イライラと声を張り上げる朱里に思考を一旦停止させ、本を戻すと彼女のもとへ向かう。
 本棚の奥には古びた木製の机と小さなソファが置いてあった。そのソファに体を投げ出して寝ている人がいた。

 「せっかく人が気持ちよく寝ていたって言うのに・・・」

 白衣を着て眠たげに目を擦る20代半ば頃の男性は億劫そうに起き上がると、大きく伸びをした。

 「朱里がこんな所に来るなんて珍しい・・・患者でも・・・ん?」

 いまだ眠たげな眼をして朱里を見上げた男性は彼女の後ろに隠れるように立っていた見覚えのない小さな少女に気付いた。

 「見ない顔だな。彼女が患者か?」
 「呆れた・・・この子は九条の時期当主ですわ。そんな事も知らないなんて、同じ御三家として恥ずかしい・・・恥を知りなさい」

 朱里の御三家と言う言葉に紫織は漸く椎名と言う名になぜ聞き覚えがあったのかを知った。

 祖父や蒼司から聞かされた鞍馬に仕える御三家の一つ、それが椎名だ。確か黄を冠しているはずである。

 「は、はじめまして。私は九条紫織と言います。2週間、鞍馬さんのところでお世話になる事になりました」

 これが九条、とでも言いたげな椎名の視線を受け止め、深々と頭を下げる。
 頭を上げると少しだけ驚いた顔をした椎名がいたが、すぐに微笑むと、

 「はじめまして。俺は椎名黄亮(しいな こうすけ)。鞍馬御三家の一つ椎名の次期当主だけど戦いはしない。見ての通りただの養護教諭だ」

 くるりと回って白衣を靡かせて見せる。
 回った拍子に後ろで一つに束ねられた薄茶の髪が揺れる。悪戯っぽく笑う柔和な顔も相まって、初対面と言えども紫織はどこか彼に安心感を覚えていた。

 だが、朱里にはその気取った様子が気に食わないらしく、これ見よがしに溜息を吐いて見せた。

 「何がただの養護教諭ですの。麻酔から手術まで全て一人でしてしまう養護教諭なんて聞いたことありませんわ。・・・確かにあなたの腕は橙夜様も高く買っていらっしゃるけれど、それに甘えて趣味や昼寝ばかりでは困りますの」

 鞍馬に認められる椎名に対する嫉妬を隠しもしない朱里に青年は苦笑いを浮かながら、改めて紫織に向き直る。

 「それで、俺に何か用か?見たところ怪我はしていないみたいだけど」
 「えっと、鞍馬の歴史に詳しい人を教えて欲しいと朱里さんに頼んだらここに・・・」
 「鞍馬の歴史、ね・・・何のためにそれを知りたいのかは分からないけど朱里がここに連れて来たと言う事はつまりはまぁそう言う事だ」
 「では、やはりあなたが・・・」

 先ほど見た歴史の本の所有者はやはりこの人なのかと仰ぎ見た先、椎名は再び悪戯っぽく目を細めて見せた。

 「俺は養護教諭として当然養護教諭免許を持っている。だけどもう一つ教員免許を持っているんだ――それが、社会の日本史。医師免許も持っているから上からは保健室勤務を命じられているけどね」











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